Historiai

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兵士と共にあれ ~アルプス越えと黒パン~

      2017/05/12

フランス革命時、フランス軍がアルプスを越えてイタリアに侵攻とした時の話である。ある前線の兵士達の所へ一人、士官用のマントを羽織った士官が視察に来た。その士官はボロきれのマントに騾馬(ラバ=馬とロバの混血)に乗ったなんともみすぼらしい、出で立ちであった。

視察の後、夕飯時になり、士官は兵士たちと一緒に固い黒パンとスープという貧しい食を下級兵と共にとった。その後疲れたのか、少し休むといって、毛布一枚 を身に纏い焚き火の傍の地面にゴロンと仮眠を取った。2~3時間後に、仮眠から目覚めた士官は陣地に戻るために騾馬にまたがろうとした。

その際、一筋の突風が吹いた。そして士官のマントが捲れ上がり中の軍服の階級章が見えた。それを見た兵士達は驚いた。なんと、その士官は全軍の最高司令官だったのである。そう、それは若き日のナポレオン・ボナパルトであった。

ナポレオンはコルシカ島の貴族出身である。アルプスの少女ハイジでも登場するが当時、パンには黒パン白パンといった種類のものがあった。黒パンは硬くてまずい、白パンはふんわり柔らかでおいしいのである。

当然貴族出身のナポレオンは白パンを食べれるのであるが、子供のころのナポレオンは白パンを家から持ち出しては、島を守っている守備兵の黒パンと交換して もらっては食べていたという。母親が「なぜそういうことをするの?」と問いただすと、「僕もいずれ兵士になるんだから今のうちから慣れておかないとね。」 と言ったそうだ。

ちなみに貴族の子供が兵士になるなら、当然兵隊といっても白パンが食べれるような士官という高い階級になるのである。ナポレオンの返事に対して、母親や家族は「ふふふ・・・変わっている子なのね。ボナパルトは。」と言ったそうである。

もちろんその後にナポレオンがどうなったかを知っている我々は、彼の言っている意味を理解することができるのである。

(アルプスを越えるナポレオン)

 - 兵士と共にあれ、ナポレオンのアルプス越えと黒パン