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歴史上「最悪」の職業 ~番外編~

      2017/10/14

◆ バラエティーに富んだ最悪の仕事

歴史上最悪の仕事を前後2つにわけて紹介しましたが、こちらでは最悪であるけれどそれ以上に面白い職業を紹介してみたいと思います。本編では最悪順にランキングしたのでキツイけど面白い職業や興味深い職業は紹介することができませんでした。

ですからこちらでは歴史的に重要であったり、珍しかったりする仕事を紹介します。番外編の方が読み物としては面白い内容であるかと思います。

●カストラート

カストラートとは去勢した男性のソプラノ歌手のことです。結構有名な職業で「カストラート」というそのものズバリのタイトルで映画となりゴールデングローブ賞を受賞したこともあるので映画を通じて知っている方も多いと思います。

去勢と言えば歴史上で有名なのは「宦官」です。中国やトルコなど皇帝の後宮にいる去勢した男性ですが、時に彼らは皇帝よりも権力を持つこともありました。去勢することで万が一にも後宮の宮女に手を付ける心配がなくなったわけですが、それとは逆に一定の権力が集まるようになる弊害もあったので、結局意味がないような・・・と思ったりもします。

日本でも徳川将軍家で後宮にあたる大奥が存在しましたが宦官は存在しておりません。大奥を女性のみで運営していたので、中国でも神取忍とか北斗晶の様な男性顔負けの力自慢の女性を集めて男性の代わりにすれば、問題なく後宮の運営をできたのではないのかと思います。

カストラートは変声期になる前の8~10歳ぐらいに男性器を去勢することでボーイソプラノの声を保ったまま大人になった男性です。女性と違って体は男性なので女性のソプラノと違い肺活量や横隔膜、腹筋などを含めて男性の力強さをもった声を出すことができます。

史上最も有名なカストラートである18世紀に活躍したファリネッリは、その歌声で公演中に各地で女性の聴衆を失神させたという逸話が残っているのでやはり物凄い声量があったのだと思います。

(ファリネッリ 絶対にモテモテだと思うが性的不能者でもある)

もともとカストラートは子供の頃に例えば乗馬の事故などにあって男性器を損失した男性がそのままソプラノ歌手として活躍したことが始まりだったと思います。つまり不幸な事故の産物です。しかし時代を経て声の綺麗なボーイソプラノの少年をそのまま意図的に去勢してカストラートするように徐々に変化していきます。

ローマ教会もカストラートは非人道的として禁止していたのですが、現実には殆ど守られていなかったようです。最盛期である17世紀にはにはイタリアで8~10歳の4000人ほどの少年が手術を受けていたそうです。

最盛期を過ぎ最後の方になると「カストラートになれば声が綺麗になる」と勘違いして歌の才能がないのに去勢した為に「汚い声のカストラート」などもいたようです。もう何がなんだかですね・・・・

なおベートーヴェンも作曲だけでなく類稀なるボーイソプラノの声を持っていたために周囲の人々がカストラートにすることを熱心に勧めました。しかし、父親が頑として反対したためにカストラートになることなく作曲家として無事に?デビューすることができました。声は後世に残りませんが楽譜は後世に残りますからね。

(この顔で天使の様な類まれなる歌声だった)

最後のカストラートであったアレッサンドロ・モレスキは20世紀まで存命しており、録音された音声が残されております。しかし、録音された頃はピークを過ぎた年齢のものでありもう少し録音技術の普及が早ければ全盛期のカストラートの声が残っていたのですが、それはカストラートの存在と同じく歴史の影に消えていく運命にあるのですね・・・・

ただ、現在でも幼少期に不幸な事故で精巣を喪失する少年が稀にいますからそういった人が類稀なる歌声を持ち、なおかつオペラ歌手を目指したら可能性は低いですがカストラートを再現できるかもしれません。ただ、数百年ぐらい待ってようやく出現するかどうか・・・・という類いの話だと思いますが、その時は録画されまくるんだと思います。

●お便器番

その名の通り「大便」に関連するお仕事です。

イギリス国王でありシェイクスピアの戯曲のタイトルにもなったヘンリー八世は後年食生活の乱れから188cmの長身でありながらウエスト140cm体重が150kgという巨漢へと変貌します。

(巨漢であるが実は英国史上最高のインテリ王)

そのため、大便をした後に自らのお尻を拭けなかったため、本人に代わって大便の処理をする役割がこの「お便器番」です。お便器番は国王が排便した後に肛門を拭くのがお仕事です。

一見すると誰もやりたくない仕事に感じますがこの仕事は非常に大きなメリットがありました。それは、国王と直接話しをする機会が得られるということです。しかも単に顔見知りになるというわけでなく、国王の尻の穴を見ることができる仲なのです。国王と話ができる数少ない機会を得られる人物になるので出世のチャンスになります。

実際にどのような人物が仕事についたかというと最高位の貴族であったそうです。決して素性のわからない召使などが行ったわけではありません。それもそのはずで国王にしたら排便をする際にはトイレで二人きりになり自分の臀部をさらけ出す様な状態になります。ですから必然的にお便器番は信頼できる人物でなければならず最高位の貴族が担当したということです。

確かにお尻を拭かれてる最中に刃物を持ったお便器番に暗殺される可能性も十分あるわけです。また、当然国王に関連した仕事なので給料も良く、破格の給金を貰えました。

ちなみに江戸時代にも似たような仕事がありました。旅をしている最中に突然殿様が尿意をもよおした際にまさか「立ちション」をするわけにもいきません。そういう時は竹筒をもった係りの者が、そっと殿様の着物の中に竹筒を入れてその中に尿をします。まあ今風に言えば病院とかにある「尿瓶」ですよね。殿様専用の尿瓶係の仕事をした人がいたということです。

権力者と二人きりになれるというのはやはり相当な特権で、例えば日本では歴代の徳川将軍が大奥で宿泊する際には将軍が側室と当然二人きりになります。ですから側室が将軍様に「おねだり」などをしないようにエッチの最中を含めて常にふすま越しの隣室に聞き耳を立てて会話を監視する役割の女中が存在しました。

汚い仕事でウンコが付着する危険性がありますが、その分運を掴むチャンスも同等にあったので「虎穴に入らずんば虎児を得ず」的な・・・・お後がよろしいようで。

●蛭採取人

蛭(ヒル)というと日本では水田で見かけることができますが、都市化が進んだ現在では田舎でも田んぼが減り蛭に噛まれたりするのは非常に珍しいことになってきたのではないのでしょうか。

この蛭採取人というのは蛭を捕まえるのが仕事です。なぜ蛭を採取したかというと、蛭を医療用に用いたからです。瀉血(しゃけつ)と呼ばれる行為でご存知の方もいるかと思いますが中世以降のヨーロッパやアメリカで盛んに行われた医療行為です。

(瀉血 不浄になった血を抜けば体調が良くなると信じられていた)

簡単に説明すれば、体から有害物を多く含んだ不浄の血を抜くことで健康になるという現在の常識からしたら健康を逆に悪化させる非常に危険な医療行為です。

非常にポピュラーな医療行為、というか当時の治療のメインといっても過言ではなく日本でも落語のネタにとりあえずなんでも葛根湯を与える「葛根湯医者」という医師がいましたが、同じように西洋でも発熱でも腹痛でも下痢でもとりあえず瀉血をする「瀉血医師」がいたようです。

この瀉血をするために使ったのが蛭に血を吸わせるということでした。ポピュラーな治療法だった故に蛭の需要も多かったそうです。蛭というとジャングルの密林や湿地で冒険者の体に知らない間に大量に寄生するというイメージがありますが、イギリスでもブリテン島の全域に住んでおり特に湿地の多い湖水地方は蛭の有名な採取地でした。

採集方法は簡単でズボンを脱いで裸足になりひたすら浅瀬に入って歩き回るというものです。暫く歩くと脚に蛭が吸い付いているのでそれを採取するという至って簡単な仕事です。

蛭に血を吸われる際には噛まれた瞬間に一瞬だけチクっとするだけで痛みもなく、噛まれたあとが足に少し残るぐらいなのだそうです。

ただし、この仕事の最悪の点は蛭に吸われた後になります。蛭の唾液の中には吸血する際に血液が凝固しないようにヒルジンと呼ばれる抗凝固性の物質が含まれております。そのヒルジンの影響で血液が噛み跡からなんと10時間近くも止まることなく流れ続けます。量にすると150ccほどの出血になります。

しかも一度だけならいいですが、商売で採取するとなるとかなりの量を蛭に噛まれないといけないのでその出血は相当な量に及びます。献血では大柄の男性でも最大で400cc、女性は体重により200ccしか採血が許されておりませんから蛭の採取人は仕事中は常に貧血の状態であったと考えられます。

また蛭に噛まれた際に蛭の常在菌である病原菌に感染し吐き気や下痢などを引き起こしたり、噛まれた傷跡から感染症を引き起こすなどそういった意味での危険もありました。

この蛭の採取ですが、あまりにやりすぎた為にイギリスでは湖水地方を含めて天然の蛭は殆ど絶滅していまい、現在中世と同じ蛭を採取できるのはケント州のロムニマーシュを含めてわずかな地域となっているようです。

(湖水地方 こういった水辺の蛭を採取しまくった)

この話を読んで正直「え?蛭って絶滅できるの?夏の間に放おっておいても湧くぐらい繁殖するんじゃないの?」と思ったので長期に渡って相当数を捕獲したのではないかと思います。

なお蛭が持つ血液を凝固させない性質を逆に利用して「鬱血」を除去する為に本物の医療行為に用いる「医療用蛭」が現在存在します。

●財務府大記録の転記者

こちらの仕事は現代に例えてわかりやすく言えば、今の財政や税務などの行政の公的帳簿を書き写すのが仕事です。写本をした修道士との違いは、こちらは国家公務員的な仕事ですね。国家の財務帳である財務府大記録の「原本」を「転記」するのが仕事です。

一年間かけて前年の膨大な国の公式な財務記録の原本を転記します。さてこれで今年の仕事は終わりだなと思うと直ぐに休む間もなく新しく出来上がった今年度の財務記録を転記する作業が待っている、というなんとも気の遠くなる仕事です。

転記者は公文書に誰が書いたかを悟られない様に誰もが教科書のような決められた書体で書く必要が求められました。本当に無機質な作業になったと言えます。

一番微妙なのがこの記録が原本ではなく万が一のための「転記」であることです。ですから何かの事故でもなければ転記者の作業は無意味なものになります。

なお、この作業は13世紀から開始され1832年までおよそ500年以上に渡って続けられた仕事です。19世紀に廃止された際に残された624巻の大記録を保管するために現在の国立公文書館である英国国立文書館(PRO)がイギリスでは設立されました。イギリスの公文書館の設立の理由は当初はこの文章の保管のためでした。

(現在のイギリス国立公文書館 ちょっとイメージと違う)

当時としては地味で苦痛のある作業ですが、今日の歴史家がその記録をみれば大変有益のある情報をもたらしてくれます。例えばイングランドの西暦1300年の記録を見ると人口500万人に対して羊が1500万頭いることが分かるなど貴重な史料を歴史家に与えてくれています。

●バイオリンの弦作り

ヴァイオリンというのは現在では弦が4本ある完成された楽器ですが、17世紀以前のヴァイオリンは弦が3本しかなかったそうです。なぜ3本しかなかったかというと単純に技術的な問題で、一番低い低音を発する4本目の弦は当時の技術的な観点から材料が見つからず製造が不可能であったそうです。

したがって当時のバイオリンが担当した楽譜も3本の楽器として作曲されたものが前提であり当時と現代ではその性能に大きな違いがありました。

この4本目の低音弦が羊の腸の繊維を撚り合わせることで技術的な問題を解決し、現在の完成された姿のヴァイオリンとして誕生します。この4本弦の近代バイオリンが誕生したことで華やかなバロック音楽は花開き、ストラディバリウスは伝説的なフィドルを作り出す名工になりました。

(製作中のストラディバリウスさん)

現代では楽器職人は処理加工された弦を使いますが、当時は職人が自ら羊の腸をさばいて処理をしていたそうです。したがって彼らは質の良い腸を手に入れるため、食肉処理場の側に工房を構えていたそうです。

食肉処理場から30メートルの長さに及ぶ羊の腸を手に入れるとその場で洗浄します。腸の内部にはまだ未消化の腐敗臭にまみれた草が残っています。それらを丁寧に剥いで処理します。その後一週間以上も溶剤に浸して洗浄しそこではじめて弦の材料として使えるようになるのだそうです。

なお、綺麗に処理された腸のあまった部分はソーセージを詰める腸詰めの材料として肉屋に売られるそうです。

動物の脚の腱などは高性能の弓を作り出すために使われたりするのですが、羊の腸をヴァイオリンの弦に利用することを思いついたバイオリン職人の熱意には舌を巻きます。

(数少ないストラディバリウスの現物 ヴァイオリンの誕生からすぐの時期に制作された)

クラシック音楽のコンサートは楽器職人の熱意と、演奏者の血の滲むような努力と情熱の上に行われておりますが、興味のない人にとっては寝るほど退屈なものです。事情を知れば聴衆にも同じ様な熱い熱意が必要ですね。

◆結び

以上が最悪の職業の歴史です。今回は興味深い仕事をピックアップしてみました。現在では「ブラック企業」といった言葉があるように労働環境の改善や職業倫理などを徹底した仕事場が増えてきましたが、こういった過去の仕事に比べたらそれこそ天国のような仕事が多いと思います。そういった意味では我々は幸福な時代に生きているのかもしれません。

最悪の職業の歴史~前編~  → こちら
最悪の職業の歴史~後編~  → こちら

 - 歴史上「最悪」の職業決定戦