Historiai

歴史や文明、雑学などを綴るブログ

*

日本と外国の時間感覚の違い ~サクラダファミリアと香港返還から~

      2018/10/09

スペインにある有名な世界遺産にサクラダ・ファミリアという教会があります。このサクラダファミリアは日本語で聖家族という意味を持ち日本語に直すと「聖家族教会」と言います。

この聖家族というのは具体的に「どちらのご家庭ですか?」と言われれば、キリストとその両親であるマリア、ヨセフのご家族のことです。例えばミケランジェロが16世紀に描いた↓の絵画はこのキリスト一家の聖家族を描いた代表的な絵画です。

『Tondo Doni(聖家族)フィレンツェ・ウフィツィ美術館』

このサクラダファミリアが、西洋において良き家族のモデル像となっているのは言うまでもありません。

さて、このサクラダファミリアは1882年に建設が開始されました。かの有名なアントニ・ガウディが教会の設計を行っております。そして建設から100年以上も経た現在も建設中であり、さらに驚くべき事にその完成予定日が未だに未定といいますから何とも気が長い建築物です。

このサクラダファミリアだけでなく、ヨーロッパには数世紀かけて建築する教会が珍しくありません。例えばドイツのケルンにある「ケルン大聖堂」は1248年から建設が始まったのですが、最終的に完成したのが1880年、つまり完成までに600年以上も時間がかかっております。

(ライトアップされたケルン大聖堂)

(内部のステンドグラスも綺麗の一言)

日本には中世の同じ様な時期に銀閣寺という東山文化を代表するお寺が建設されました。名前の通り銀箔が一面に貼られた銀色のピカピカのお寺・・・ではなく、枯山水の見事な庭園を持つ侘び寂びのある素晴らしい灰色をしたお寺です。

一説には足利義政は義満が建設した金閣寺を真似て銀閣をつくったと言われておりますが、室町幕府に金閣寺の建設時ほどの財政的な余裕がなかった為に銀箔を貼るのを諦めたと言われております。

しかし、もし銀閣寺を西洋の建築感覚で建設するのであれば、その時々の政権から少しずつ費用を捻出して銀箔を貼り続け、100年ぐらいの長い時間をかけて銀製の銀閣寺が誕生したのではないのかと思います(笑)

島国の日本においては台風や地震などの被害によって多くの建築物が破壊されてしまいます。平家物語ではないですが「春の夜の夢の如し」「栄枯盛衰」といった時間に関する表現は、時だけでなく全て物が「短く儚いものである」という認識を表現していると言えるかもしれません。

この様な感覚とは異なり、世界には日本人とは違った時間感覚を持つ国や民族があります。それは中国です。

中国は4千年の歴史と自称するだけあり、歴史大国であります。そんな中国は歴史に対して、そして時間に関して非常に長期的な眼を持っております。

例えば歴史上有名な万里の長城、北方の匈奴の騎馬民族の攻撃を防ぐために秦の時代から1500年以上もの時間をかけて修理・補修されながらもコツコツと建設され続けられました。現在のレンガ作りの立派な長城は明時代に建設されたものですが、北方の騎馬民族を防ぐというコンセプトは秦の始皇帝の時代からなんら変わるものではございません。

(万里の長城、秦から明まで作られた)

さて、この様に中国の時間軸にたいするアプローチを垣間見ることができる最近のエピソードがあります。それは香港返還です。

1898年、清朝はイギリスに対して香港の租借期間を更に99年延長する条約を締結します。この99年というのはイギリスからしたらある意味言葉遊び的なものであり実質的には「事実上の永久租借」というのが条約の本質的な内容です。

さて、この99年の租借期限ですが、租借から70年を過ぎてくるとイギリスと中国の間で問題となってきます。というのも、もし仮に99年経過したら中国に返還されるのであれば住民もそれなりの対応をしなければならないからです。

そこでイギリス側も1980年に入り中国政府との交渉に入ります。この交渉ではイギリスは香港の事実上の租借の延長を意図したのですが、中国側は香港が中国領であることを主張して決して譲りません。

そしてイギリス側に返還後50年間は政治システムをいじらないことを条件にして中国は最終的に香港を完全に返還させることに成功します。

(※香港返還は正確に言えば新界の租借期限の問題で香港島らは英国に割譲されています)

(鉄の女 サッチャーと小さな巨人 鄧小平)

中国のこの100年越しの返還劇は悠久とした中国の歴史の流れを感じます。中国人の時間に対する感覚が如実に垣間見える好例といえるかと思います。

もし日本が同じ様に中国の立場であったならば、返還交渉において日本はこれほど上手く立ち回れたかどうかはわかりません。領土は日本である日本の主権は認めても、実際に統治する統治権(施政権)は引き続きイギリスに継続させるといった結果になる可能性も十分に考えられるかと思います。

日本は現在近隣諸国と3つの領土問題で揉めております。その内の北方領土問題では、少なくとも歯舞・色丹においてはソ連側から日本領であることが日ソ共同宣言で確認されております。こういった条文を後生大切にもって、長いスパンで北方領土を解決する必要があってもいいのではと思います。

例えば、香港と同じ様にただちに北方領土を日本に返して貰うのではなく、日本領であることをロシアに認めさせた上で2050年までロシアに租借させる形で統治権を貸し出す。

または大幅に譲歩して2099年までロシアに租借を認める代わりに北方領土は日本の固有領だと認めてもらうといった考え方です。

中国人は日本人の時間の感覚に対して、時折「日本人は数十年といった長期的なスパンで捉えて目標を設計する感覚がない。我々中国人はもっと先のことを見据えている」という評価を下すときがありますが、確かに現在の中国がアメリカを数十年単位で追い越そうと計画している長期的なビジョンを見ると納得出来る部分があります。

ただ、私はこの考え方はどちらが良いとか悪いとかそういった「優劣の問題」ではなく、両者の違いは国土や風土、それに気候の違いから来るある種の地理的なものだと考えております。

 - 日本と外国の歴史感覚、時間感覚の違い