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産業革命 技術の進歩や発明が印象派に与えた影響とは

      2017/12/22

◆技術の進歩や発明が印象派に与えた影響

以前美大の友人の学園祭に行った際に「赤富士」をテーマにした美大生の連作を見ました。赤富士と言えば北斎の通称「赤富士」こと凱風快晴は特に有名ですよね。

(葛飾北斎「凱風快晴」通称・赤富士)

並ぶたくさんの赤富士の絵を見て「綺麗な色ですね。富士山を赤く塗る発想がすごいですね」と褒めたところ美大の先生に「江戸時代には赤富士が大いに流行したんです。でも裏話をすると赤富士が好まれた理由の一つに、当時赤い絵の具が安かったから絵師が赤を選んだということがあるんですよ」と言われたことがあります。

話を聞くと日本画の絵の具は大変高価であったそうです。その上入手が難しいという希少性もあったそうです。ですから当時、気兼ねなく使える赤を好んで使用したのだそうです。

この様に絵画作品というのは芸術家が意図している他に、外部の影響を知らぬ間に受けている場合があります(この場合は絵の具の値段)

そこで今回は科学技術の進歩や発明が印象派の誕生に大きく貢献したエピソードから「写真・チューブ入り絵の具・蒸気機関車」の3つを紹介したいと思います。

1.写真の誕生

ヨーロッパにおいては長い間国王や貴族などの上流階級の人々を描く肖像画家という職業が存在しました。ヨーロッパでは肖像画はポピュラーなもので、例えば貴族ではなくても音楽家などの有名人であればたいていは肖像画が残っています。小学校の頃、音楽室の壁に音楽家の肖像画がズラ~と並んでいるのを見た覚えがある人は多いはずです(そして夜中に動く学校の7不思議になります)

(太陽王ルイ14世 典型的な肖像画)

そんな肖像画の世界において黒船こと写真が登場するのは1850年前後のことです。写真をみた当時の人達はショックだったでしょうね。芸術としての絵画であれば問題ないですが記録用としての肖像画であれば写真の方がよりリアルで実用的です。

案の定、写真は徐々に肖像画を追い出し始めます。そして肖像画家という職業は20世紀に入ると殆ど見られなくなります。そしてフォトスタジオが街中に登場し始めます。日本でも、必ず街に一つは七五三などの記念写真を撮影する写真館があると思います。

この写真の登場は肖像画のみならず、当然他の画家達の間に衝撃を与えます。特に写真の様にリアルな絵画を描くことに長けていた西洋では遠近法が発達しており「透視画法」やダ・ビンチが発見した「空気遠近法」などの写実的な絵画技術が優れておりました。

しかし、この写真の登場によって絵画は写真にリアル差において遠く及ばないことを突きつけられます。特に肖像画家らは動揺し、自ら失業する危険性があったので写真を制限するデモを行ったぐらいでした。このデモには当時を代表する画家のドミニク・アングルも加わっています。

こういった時代の流れの中で印象派という絵を見た通りのままでなく自分が感じたイメージで描く集団が現れます。

(印象派の名前の由来となったモネ「印象・日の出」当時は酷評)

写真の登場以前にターナーやマネといった画家らが登場して印象派の登場の為の下地が出来ていたということもあります。しかし、印象派の運動がこれほど大規模な大きなうねりとなったことや、世間の人達の絵画への評価に写実性をそれほど重視しなくなったのは写真の登場の影響が有形無形に大きかったと言えると思います。

セザンヌを含めた一部の印象派画家の絵はピカソを含め、その後更に写実性を無視する現代アートへの道筋となったのです。

2.チューブ式絵の具の登場

現在私達が学校の美術の授業なり絵画教室で描く際に使う道具は紙と筆と絵の具です。そして絵の具は鉛やポリエチレン製のチューブに入れられた絵の具を使っています。しかし実はこの「チューブ入りの絵の具」というのは近年になって発明されたものでそれまでは長い間、画家は自ら絵の具を調合して使用しておりました。

このチューブ式の絵の具が登場するまでは、例えばルネサンスの画家達は自らの工房で絵の具を作っておりました。彼らの弟子たちに絵の具の元になる顔料をゴリゴリ細かくすり潰させます。そしてそのすり潰した顔料と油とこねこねと混ぜ合わせて絵の具として完成させ使用していました。結構面倒くさいですよね。ですからダヴィンチもルーベンスもレンブラントもみな屋内の工房で絵を描いておりました。

(右にいる弟子の二人が絵の具を調合している)

じゃあ彼らは外に出て絵を描かなかったのか?となるとそういうわけではありません。例えば海や港を題材にした場合は当然実物を見ないといけないので屋外に出ます。そして実際に実物を見ながらスケッチやデッサンを詳細に描きます。そのスケッチした下絵を工房に持ち帰ってそれを参考にしながらキャンバスに実際に絵を描いて仕上げるのです。

しかし、19世紀半ばそれまでの絵の具の歴史が大きく変わる画期的な事がおきます。1841年に現在と変わらない錫製のチューブ絵の具がアメリカ人画家のジョン・G・ランドによって発明されたのです。

(チューブ絵の具の詳しい歴史はこちらのページで詳細に説明されています。現在は鉛でなく環境に留意してアルミニウム製だそうです。)

これにより画家達は手軽に絵の具を持ち運べるようになり絵を屋外で簡単に描くことが可能になったのです。

ここで疑問です。外でスケッチしてそれを元に工房で仕上げるのと、屋外で直接絵を書いて仕上げるのとそんなに違いはあるのだろうか?と思いますよね。

屋外と屋内での大きな違いは光です。実際に外で目に見た光をそのまま描くのとスケッチを元にイメージを再現するのとでは明るさに全然違いがあるそうです。

特に印象派と呼ばれる画家達は外に出て太陽の光の下で絵を描くために光彩がその印象派の特徴になっているほどです。下の絵をみていただくとわかりますが、色彩が物凄い明るいですよね。

(モネ 『イーゼルに向かうブランシュ・オシュデと読書するスザンヌ・オシュデ』 )

そして何より一番大きいのは誰でもどこでも手軽に絵を描けるようになったことですね。工房やアトリエを持って、絵の具を一から作り出すというのは仰々しいものです。

それらが必要なくなり絵画が身近なものになったこと、例えば現在は当たり前のように行われている写生大会なども実は歴史的にはごく最近のことだったりするのです。

(こういった姿は絵の具の関係で近年になってようやく見られた)

3.蒸気機関車の登場

蒸気機関車が印象派に影響を与えた?と言われるとピンとこないかもしれません。人によっては「確かに印象派の人は蒸気機関車を題材にした絵を沢山書いてるから題材として影響与えたよね」と思われるかもしれません。

(モネ『サン・ラザール駅』)

確かに印象派画家はものすごく機関車の絵を描いています。しかし、蒸気機関車が印象派に与えたのは純粋に「移動」に関してです。人類は蒸気機関車の登場まで馬を除けば常に徒歩で移動するしかありませんでした。重たい荷物を持てば活動範囲は10km程度の短い範囲に限られます。

もちろん、馬車に乗れば時速10~20km前後で移動できたので相当な距離を移動できます。しかし、当時の印象派の人達は社会的な名声を獲得しておらず、そんなに馬車を乗り回して移動することなど出来ない時代でした。

そんな中で登場したのが鉄道です。パリとフランスの他の都市を結んだ鉄道は人々を安価で速く正確に移動することを可能としました。

(モネ『アルジャントゥイユの鉄道橋』)

例えば風景画を得意とする画家は絵の題材は自分の視界の見える範囲に制限されます。しかし蒸気機関車が登場したことによって週末に蒸気機関車に飛び乗ってパリ郊外まで気軽に移動します。そこで思う存分写生して日帰りで帰ってくることが鉄道の登場によって可能になりました。

印象派の画家らはパリ郊外の数多くの風景を題材として風景画の傑作を残しております。

4.まとめ

いかがだったでしょうか。印象派の誕生には様々は画家達の不断の努力や試みだけでなく、外部的な影響もあって達成されたというお話でした。

チューブ入り絵の具によって屋外で活動できる様になった画家らは鉄道に飛び乗って自然豊かなパリの郊外に出かけ様々な風景画を描く。太陽の下での写生は光が豊かで明るい色彩の絵が多く、また写真のようなリアルな絵と違い画家自身が感覚的に肌で感じたイメージを先行させた絵を描くようになります。

現在では例えばコンピューターが登場したことによってCGなどのグラフィック系のアートなどは技術の進歩が絵画に影響を与えた良い例だと思います。イラストやマンガも現在はペンと紙からパソコンで直接描くデジタルな時代に入っております。

そういった意味で理系分野である科学や技術という一見するとアートといった感覚的な世界から最も遠い位置にあると思われる世界が、実は絵画の世界に強い影響を与えているというなんとも不思議な話であるともいえるかと思います。

(おしまい)

【注釈:1】
写真の登場は印象派、さらには絵画の世界に全く影響を与えていない、という意見があるかと思います。しかし、ひと目でも写真を見た画家が(人によって大小違いがあると思いますが)全く影響を受けなかったら、逆にそれは画家としてあまりに感性がなさすぎる問題だと思います。才能ある画家で写真を見て何も影響受けなかった画家って逆にいるのでしょうか。

例えば『モネからセザンヌへ 印象派とその時代』という本には

新古典主義の画家ポール・ドラローシュが初めて写真に接したときその正確さに驚嘆し「今日を限りに絵画は死んだ」と呟いた

という記述があります。これほど大げさでなくても似たような印象をもつ画家は当時多かったでしょう。そして写真とは違う新しいカタチの絵画を模索するのも容易に想像できます。

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