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人が人を喰らう時 ~ジェノバ攻城戦~

      2017/04/08

ジェノバ。ジェノヴァ。どちらが正確か表記かは分からないがジェノバ出身のコロンブスで有名なイタリアの海洋都市である。イタリア半島の右の付け根がベネチアならば反対側の左の付け根がジェノバである。

この街はナポレオン戦争の時期にオーストリアに包囲された。日本人にはわかりにくいが、城郭都市というものがある。都市が丸ごと城の中にはいっており、現在の日本で例えれば、山手線の線路がすべて城壁になっておりその中に住んでいる人もひっくるめて城となっているといえば分かりやすいのだろうか。

なぜ街を丸ごと城塞内に入れるかというと略奪にあうからである。異民族は情け容赦ないのである。

(フランスのカルカソンヌ 城塞都市の一例)

城塞都市は巨大であり落城させるのは非常に難しい。敵の首都となるような城を落とすのに3年とか5年とか時間がかかるのは珍しくない。したがって、防壁を突破するのに多大の損害が出るためにある方法を用いることも少なくない。

その方法は「兵糧攻め」という。

これは非常に残酷な手段である。兵士以外の一般人も城壁内にいるために彼らも一緒に飢えと戦うことになる。中国の場合、飢えと戦うようになって半年ぐらい経つと食糧不足と食べる人数の口減らしのために人を殺して皆で食べることがあたりまえである。野蛮なことではない。日本人には理解ができない感覚であろう。大陸の感覚は理解不能だ。

古代から現在までの悠久の歴史の中でユーラシア大陸の東の端でも西の端でも同じ様な城塞都市と人肉食が垣間見みられた。日本のように島国で民族の往来がない場所からは想像ができない。文化や風習がまったく違う中国でもイタリアでも見られるということは必然的なものであったと思う。

文化や考え方が違う民族には『お互い分かりあえる』という感覚は幻想に過ぎないのかも知れない。

さてジェノバである。この街も包囲されて時間が経つ。街中には雑草が一本も生えてない。緑は存在しない。すべて茹でたり炒めたりしたからだ。あらゆる植物は茶色のみになっている。木の皮もはがれている。ベルトの皮もナメして食べてしまう。飢餓が極限に達すると人は人の皮をかぶった獣になる。

子供を食べる母親がいる。世の中でもっとも愛情が深い関係にあるのは子供と母親であると思う。それは本能的に愛するように組み込まれていると考えるのが一番妥当であると思う。

その母親が子供を食べるのである。それもごく当然に。驚いたことに誰も注意しないのである。飢餓の極限状態である。人が人を食べて誰も注意をしなければ珍しくもない状況らしい。

この母親の気持ちはいったいどのようであるのだろうか?想像することもできない。ただ、我々に世の中でこのようなことだけは起きては欲しくはない。現在、北朝鮮がこんな状況らしい。だからといってどうこう言うわけではないが・・・

(ゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』)

人が人を喰らう。こう考えてみると人間もやっぱり動物だ。現代の非常に複雑な問題も人を考える高尚な人物としてではなく、生物学的な本能におもむくままに行動するヒトとして捉えるとあっさりと簡単に解決できることが多いと思う。

人類がアフリカで誕生して300万年。人類の歴史で飢えから開放されたのは、この最近100年あまりの話である。残りの期間は人類にとって飢餓の歴史であったのだから・・・・

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