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~ヒストリアイ~

科学となった野球(セイバーメトリクスと統計学)

投稿日:2024-07-11 更新日:

プロ野球のイチロー選手が2019年に引退した際の会見で「本来野球はもっと頭を使わないといけないスポーツなんですが・・・・」という意味深なコメントをしました。これは言い換えると「現在の野球は頭を使わない競技へと変わってしまった」ということをほのめかした発言です。

というのも21世紀に入り野球のあらゆる部分に統計学の成果である「セイバーメトリクス」が導入された結果、選手達は自ら考えることなくその統計結果に基づいてプレーをするようになったからです。

そこで今回は現在の野球が王貞治や長嶋茂雄といった昔の野球と比べてどのように大きく変化したのかその違いを述べてみたいと思います。

◆フライボール革命

テクノロジーの進化がスポーツの世界に影響を及ぼすことが多々ありますが、MLBでは21世紀に入りPITCH f/xstatcastといったハイテク測定機器が導入されるようになりました。それにより打者や投手の数値が驚くべきレベルまで計測できるようになりました。

野球中継でピッチャーが投げた投球の軌跡が即座に3D化されたり、ホームランの弾道が即座にバッターボックスからスタンドインした観客席まで立体的に表示されたりするのはこれら測定機器のおかげです。

投手の数値といえばこれまではスピードガンで測定されていた球速だけでしたが PITCH f/x ではそれに加えてボールの回転数や回転軸、変化球の変化量まで正確に計測することができます。計測データを見れば同じ球速160kmの投手でも投球の質の違いがデータとして分かったりします。

この測定機器の一つである statcast の膨大な量のバッティングデータを解析した成果の一つがフライボール革命です。フライボール革命とは簡単にいうと「ゴロを打つよりフライを打つ方が統計的にみれば得点に結びつく。したがって打者はフライを打つようなバッティングをすべき」という理論です。2017年にアストロズがチーム方針としてこの理論を導入すると打撃成績が上昇しなんとアストロズは球団初のワールドシリーズ制覇まで成し遂げます。凄いですよね。

ホームランを打つメカニズムもstatcastによって丸裸にされており、データ解析によると「打球速度158km以上、角度26~30度」という数値でボールをミートすることが出来ればホームランを打てることが判明します。この数値は「バレルゾーン」と呼ばれ現在多くの打者がホームランを打てるように意図的にバレルゾーンでのバッティングを心がけています。まさにフライボール革命です。

イチロー選手が「本来野球は頭を使うもの」と言った背景にはこのフライボール革命によって本来打者は状況によってゴロやフライを打ち分けなければならないのに、あらゆる選手がセイバーメトリクスの解析に基づいて何も考えずにひたすらフライを狙って打つようなことにも関係があるかと思います。

◆送りバントの消滅

消滅と書くと誤解を与えるかもしれませんがMLBでは従来に比べてバント、特に送りバントの数が激減しております。

これまで先頭打者がノーアウトで出塁すると次の打者は送りバントをしてスコアリングポジション(二塁・三塁)にランナーを進塁させることが戦術の常套手段とされておりました。しかしセイバーメトリクス的に送りバントは非効率であることが判明したためMLBでは送りバントをするシーンは珍しい光景となりました。

2021年の日本のプロ野球のデータを例にすると統計的に以下のようなことがわかります。

<状況別の得点確率>
ノーアウト1塁・39.7%
ワンアウト2塁・37.1%

もしノーアウト1塁から送りバントした場合、送りバントをすると結果として得点の可能性が2.6%(39.7→37.1%)も下がってしまうので送りバントは無駄ということになります。これがもしワンアウト2塁の場合の得点確率が55%であれば数値が15%近く跳ね上がっているので積極的に送りバントをした方がいいことになります。

しかし統計データから送りバントをすると損になることが判明していますのでシーズン全体を通して見てみると送りバントをする選択肢はありえません。ですから無死1塁の場面ではバントではなく特典確率の高いヒットを狙う戦術をどのチームも採用しているわけです。

もし例外があるとすれば後続に打率は低いが得点圏になると途端に打率が跳ね上がる打者、または得点圏にランナーがいると防御率がとたんに跳ね上がる投手(被打率が高くなる)などがいる場合は個別ケースとして戦術としてありだと思います。

◆2番打者の役割の変化

送りバントの価値の低下もそうですが、その送りバントを担当する2番打者の役割も大きく変わりました。従来の2番打者はバントの名手やクリーンナップへの繋ぎのバッティングができる「いぶし銀」のような選手のポジションでしたが現在MLBでは2番はチームの最強打者、つまり従来の4番打者が座るべきポジションになっております。

その理由は2つあります。1つ目は打席数に関してです。そもそも打順が1番に近ければ近いほど試合の中で打席が沢山まわってきます。

具体的な例を挙げれば、2019年の日本のプロ野球の1試合平均打席数ですが1番が4.6打席に対して9番が3.7打席となります。年間で140試合だとすると126打席も違います。これは試合換算にすると30試合もの差になります。

ですから考え方の一つとして打撃成績の良い順に1番から並べたほうが打席数が増えるためシーズンを通してチームが得点するチャンスが高まるというものです。

もう一つの理由ですが2004年から2013年まで10年間のプロ野球の統計に「どの打順から攻撃が始まるとどれだけ得点を取れるのか」というデータがあります。

従来のセオリーに基づくと確率的に一番高い数値を出すのが1番打者からの打順になるはずなのですが(というかそうなる様に打順を組んでいます)実際の数値では2番打者から始まる方が得点確率は高いという結果になっております。

具体的な数値で見ると1番から始まる回では28.3%、2番から始まると29.2%です。ですから1番打者が先頭で出塁して2番打者が送りバントをする繋ぎのバッティングをするより2番打者が先頭打者としてそのままバッティングをして出塁する方が統計的に得点確率が高いことが数値でわかります。

逆に一番確率的に低いのが7番打者から始まる打順で20.4%。これは7・8・9の下位打線の3人で討ち取られることが多いからですね。次が8番からで21.5%となっています。いずれにせよ下位打線や投手が打順に入ると得点確率が下がります。(パはDH採用です)

この2番打者からの方が得点確率が高いのを見ると「だったら2番打者をすっ飛ばして1・3・4で並べた方が効率が良いのではないか」そして「最強打者(正確に言えばOPSが一番高い選手)の打席数が最も増えるように出来る限り先頭に近い打順にする」ということを踏まえると従来の「1・2・3・4」の並び順を「4・3・1」の順に並べたほうが統計的に得点確率がより高まると言えるわけです。

こうしたデータを踏まえてア・リーグで本塁打王を獲得した大谷翔平選手もエンゼルスでは4番でなく2番を打っております。メジャーでは近年最強バッターは4番ではなく2番が定位置です。

ちなみに大谷選手は何故打席が多く回る1番でなく2番なのか?という疑問が当然でるかと思います。それは統計的に1番は他の打者に比べて打席に立つとき「ノーアウト」「ランナーがいない」という場面が多いからです。これは初回に必ず「ノーアウト・ランナーなし」で打席を迎える影響です。そのような事情を踏まえて1番はOSPが高い選手より出塁率の高い選手が優先的に選ばれる傾向にあるそうです。

◆選手の評価基準の変化

この様に従来の戦術的なものがデータにより大きく様変わりする一方で選手を評価するための基準も大きく変わるようになります。

例えば打者の評価といえば従来は打撃三冠と言われるように「打率」「本塁打」「打点」の成績が重要視されてきました。だいたいテレビに登場する選手のテロップにはこの3つの成績に加えて「盗塁」の4つが表示されていたと思います。

しかしこの3つのデータの中で打率と打点に関しては従来から問題点も指摘されていました。打率に関しては単打だろうと本塁打だろうと数値が同じだという点です。10打席で本塁打を3本打ってもシングルヒットを3本打っても打率は同じ.300です。本塁打の場合は本塁打数で評価できますが、2塁打や3塁打を多く打っている選手は打率でも本塁打でも適切に評価がされません。

また打点に関しても自分の打席の前にどれだけランナーが出塁しているかが重要になってきますので出塁率が高いチーム、つまり強いチームに所属している選手が圧倒的に有利です。そのため従来の打撃成績の他に選手能力をより正確に測定するための数値としてOPSという数値が登場しました。

◆OPS(On-base plus slugging)

野球の攻撃において一番重要なことは得点を取ることです。つまりできるだけ正確に選手の得点を取る能力を評価する必要があります。簡単に思いつく指標は打率や本塁打です。例えば各チームのチーム打率とシーズン総得点がうまく連動していれば得点能力の有力な指標となるわけです。

そこで打率と得点のデータを比較してみると両者の相関関係(打率と得点の相関関係は0.81で1.00に近ければ近いほど良い)がそれほど高くないことが判明しました。これは先程話した通り打率には単打も二塁打も本塁打もすべて同じ数値として出ますのでチーム打率だけでは正確な打撃力を評価することは難しいですよね。

<得点との相関関係>

打率  (0.81)
出塁率 (0.86)
長打率 (0.91)
OPS  (0.95)

そこで「より得点と相関関係が高い数値は何か」と調べると打率に四球を加えた「出塁率」の方がより得点との相関関係(0.86)が高いことが判明しました。まあ冷静に考えると得点にはヒットの他に四球や死球、エラーなどで出塁したランナーの得点も含まれますから当然ですよね。なおエラーで出塁した場合出塁率は下がります。

さらに打撃データを調べていくと安打の中でどれだけ長打を打ったのかを表す「長打率」が出塁率以上に得点との相関関係(0.91)があることが分かりました。ですから単独の数値で得点能力を評価するのであれば「長打力」が一番正確なデータとなります。

ただし長打率には四死球や犠打が含まれないので最も得点との相関関係がある「長打率」に加え「出塁率」をあわせれば四球や安打、本塁打などの総合的な打撃能力をより正確に評価するものとして考え出されたのがOPSです。

現在このOPSが得点との相関関係(0.95)が非常に高いということでOPSがメジャーでは打撃の数値として評価されておりMLB中継では打率や本塁打成績と共にテロップに表示されます。ちなみにOPSの出し方は出塁率に長打率を足した数値です。
(例・2021 大谷翔平・出塁率.372 + 長打率.592 =OPS.964)

日本のプロ野球でのOPS歴代一位は1974年の王貞治選手で「OPS 1.293」です。OPSだけでなくその年は「出塁率.532」と「四球158」も歴代一位となっております。四球が多ければ出塁率も高いですし出塁率が高ければOPSも高くなりますよね。王選手は敬遠45も含めて1974年に歴代一位の記録を4つも達成しております。

逆にイチロー選手は単打が多いためかOPSはMLB通算で.757と比較的凡庸な成績となっております。OPSが低いことからイチロー選手のアンチは「イチローってOPS大したことないから実際は過大評価だよな」などと言われたりしてます。

◆WAR(Wins Above Replacement)

WARとは選手として総合的な貢献度を測る数値です。野手の場合、打撃成績に関して言えば前述のOPSの登場により正確に評価できるようになりました。しかし野手には打撃の他に「守備」や「走塁」といった能力も求められます。このように打撃、守備、走塁のすべての部門を総合して選手トータルとしての能力を数値化したのがWARになります。

WARは非常に複雑な計算式を用います。またWARを算出する会社によって評価基準となる守備や走塁の採用する指標が違うため、指標に何を使用するかによってランキングが微妙に違ったりします。

先程イチロー選手のOPSが低いという話をしましたが、逆に守備や走塁を評価に含めたWARを見てみるとちゃんとMVP級の活躍をしています。「イチローって通算のOPSは並の選手レベルで過大評価」と言われると「でも守備や走塁含めたWARだと2000年代の全選手の中でWARがア・リーグ2位だし、1位もステロイド使ったAロッドなんだけど・・・」と言われたりします。打撃以外に盗塁や俊足強肩の守備の評価が非常に高いということですね。

ちなみにOPSとWARですが、OPSはホームランバッターの方がアベレージバッターより高評価になりやすい。WARも投手より野手の方が評価されやすい。と指摘されたりしてます。この辺は今後の課題ですね。

◆むすび

以上簡単になりましたが野球の世界に統計学の成果が導入された話をしてみました。スポーツの世界にコンピューターを使ったデータ解析が導入されスポーツが肉体と共により頭脳が必要になってきました。

特に野球はサッカーなどの流れのスポーツと違い一時停止をする場面が多いので場面ごとに様々なデータを計測する機会に恵まれます。言ってみれば一番データ解析に向いた競技と言えるのではないでしょうか。

今後更にセイバーメトリクスが導入されることにより例えば投手のピッチングの組み立てもAIが独自に判断して一番合理的な配球を指示するようになるのかもしれません。

また盗塁に関しても投手ごとに一番盗塁をし易いタイミング、例えば「この投手であれば3球目に盗塁をしろ」と言ったデータをAIが判断して指示するような時代がくるのかもしれません。

一番現実的な近未来はストライクとボールの判定をAIが自動判定することにより審判の役割が大きく低下することだと思います。特に球速が165km近くの高速スピードに達していますので現状では審判のストライク・ボール判定の誤審が目立ちますし、この点はテクノロジーでカバーできるなら機械的に判断するのが公平性という観点から見て一番合理的だと思います。

ただマイナーリーグでテスト導入の結果を聞く限りだと圧倒的に投手が有利の結果となっており特にカーブが魔球になるのだそうです。その辺は現在のストライクゾーンをそのまま運用するのでなくAI判定用の新しいストライクゾーンを設定すればいいと思うんですけどね。

ちなみに統計データでスリーノー(3-0)とノーツー(0-2)でストライクゾーンギリギリの際どいボールを投げた場合、前者はストライク、後者はボールになりやすいというデータが出てます。審判が人間である明確な証拠ですね(笑)

最後にイチロー選手の話題を度々出したのですが、イチロー選手のOPSの数値が低いのは後世の価値観からの判断だと思います。当時は打率や安打数が評価されていたわけで、もしいまイチロー選手がメジャーに戻ったとしたら逆にOPSを高くする打撃を心がけると思います。簡単にいえば量より質のバッティングを心がけるようになるかと思います。

個人的に野球は好きですので近年人気が低迷してると言われてますが、なるべく野球が22世紀まで末永く続くようになればと思っております。

おしまい

参考文献

※以下のデータの全てはこちらの2冊の本の数値を引用しました。また全体としてこちらの本の内容を参照させていただきました。

・状況別の得点確率
・どの打順から攻撃が始まるとどれだけ得点を取れるのか
・打率・出塁率・長打率・OPSと得点との相関関係

統計学が見つけた野球の真理 最先端のセイバーメトリクスが明らかにしたもの (ブルーバックス) 新書
鳥越 規央 (著)

勝てる野球の統計学――セイバーメトリクス (岩波科学ライブラリー)
鳥越 規央 (著), データスタジアム野球事業部 (著)

 

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