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民主党を作った20ドル札の男 アンドリュー・ジャクソン

      2017/11/29

アメリカの紙幣に描かれる肖像画は一般に金額が少ないほど重要人物だと言われている。紙幣の一覧を見ると

1ドル ワシントン
2ドル ジェファーソン
5ドル リンカーン
10ドル ハミルトン
20ドル ジャクソン

初代大統領のワシントン、独立宣言を起草したジェファーソン、そして奴隷を解放したリンカーン。いずれも中学の歴史の授業で学ぶ有名人達である。この中で特に説明が必要なのは10ドルのハミルトンであろう。

彼はフェデラリストと呼ばれ独立時に数ある政治体制の中から連邦制を選び確立したことで知られる人物である。40代で早逝しなければ間違いなく大統領になっていた人物であった。

ワシントンが初代大統領に就任した際に国務長官に就任したのがジェファーソン、その一方で財務長官に就任したのがハミルトンであると説明すれば彼が紙幣になるほどの人物であると納得してくれると思う。

(ハミルトン財務長官。冗談でなく「決闘」で亡くなった。本人は形式的な決闘だと思っていたらしい。生きていれば間違いなく大統領になった)

さて、その次の20ドルのアンドリュー・ジャクソンという人物。彼はあまり日本では知られていない。しかし、紙幣になるということはある程度の偉業を達成した人物であるはずである。それでは一体彼はどんなことをしたのだろうか。

ジャクソンとジャクソニアン・デモクラシー

ジャクソンは独立戦争に従軍した経験のある大統領としては最後の人物であり、建国の父である独立戦争の英雄世代から次の時代へと世代交代をした最初の世代である。言ってみれば建国期が試行錯誤の段階を経て国家としての枠組みが決められていった時期だとすると、彼の時代はその枠組みを使い国家として発展していく成長期であったといえる。

その為、彼が在任中に手がけたことは多岐に渡りその個別の政策の成果だけで相当な分量になるが、彼が行った政治業績を一言でまとめれば後年「ジャクソニアン・デモクラシー」と一般に呼ばれている。

(アンドリュー・ジャクソン大統領 米英戦争の英雄でもある)

これはある種のイデオロギーというか政治思想に近いもので、彼とその次の大統領であるバン・ビューレンからジェームズ・ポーク大統領までの5代に続いた大統領がジャクソニアン・デモクラシーを継承して政権を担った。

特筆すべきはジャクソンとバンビューレンは同じ政党であったが、残りの3名の大統領は違う政党であったということだ。つまり、ジャクソニアン・デモクラシーとはその当時、党派を超えて支持された普遍性をもつ政治哲学であったのだ。

このジャクソニアン・デモクラシーを簡単に説明したい。それは政治の庶民化であった。一般の市民も政治へ参加できるというシステムをつくりだし大統領は投票によって選ばれる市民の代表者であり代弁者であるという今日の大統領像のイメージを作ったのがジャクソンなのである。

ジャクソン以前の大統領は成人男性なら誰でも投票できる普通選挙が導入されていなかったために、裕福な資本家や大農園のプランター主など選挙といっても一部の有力者達の意向が反映されるものであった。このような選挙で当選した大統領は庶民の声よりも有力者達のための政治を行うのは当然のことであろう。

実際、ジャクソン以前に就任した建国の父達の大統領はイギリス植民地時代は貴族階級といえるような裕福な家柄であった。建国の父たちが名家出身であったのに対し、ジャクソンはアメリカ史の典型と言うような西部の丸太小屋で生まれた農民の子であり努力を重ねた人であった。

(この様な丸太小屋出身 市民が共感するのも無理はない)

したがって、市民はそれまでの大統領と違い自分達と同じ階級の出身者という目線で大統領を見ることができ、またジャクソン大統領自身も民主主義というものを市民目線で実現するために奔走した。

今でも 草の根民主主義(Grassroots democracy)という言葉があるが、彼は文字通り「市民のための民主主義」を行ったのであった。具体的には、

  • 普通選挙の導入
  • フリースクール(授業料無料の公立学校)の設置
  • スポイルズ・システム(猟官制)の導入
  • 国立の第二合衆国銀行の延長を拒否

など庶民の為の政治を展開している。

上記の政策を簡単に説明すれば国民であれば誰でも選挙に行けるようになり、貧しい子でも学校に通えるようになり、公務員など政府の仕事を一部の人達が独占できないように政権ごとに入れ替えられるようにしたことであった。

国立銀行の延長拒否だけは少し説明が必要であるから簡単に補足させてもらうと、当時銀行は一般的なイメージとして東部の特権階級の為の組織であり、庶民の目線からみれば銀行は自分達の財産を搾り取る「庶民の敵」として捉えられていた。そんな中、連邦議会は政府が運営する合衆国銀行の第2期の免許が期限切れになる1936年を控え事前にその免許を延長する法案を通過させた。

これに対して、ジャクソンは大統領が持つ伝家の宝刀「拒否権(veto)」を発動し免許の延長を認めなかった。その為、国立銀行は期限切れで潰れてしまうことになる。
(中央銀行を潰した彼が後に20ドル札に登場する)

これは大統領が持つ「拒否権」を行使した最初の出来事であり、この拒否権の発動によって特権階級の横暴を防いだ大統領として市民のジャクソンへの人気はうなぎのぼりになった。その結果、次の大統領選挙でも圧倒的な人気で再選されることになった。

東部の特権階級の声を代表した「議会」の横暴を制止した「大統領」こそが「市民の声を代弁する国民の代表者」であるという今日のアメリカの大統領のあるべき姿を作り出すことになった。また、市民の投票で直接選ばれる市民の代表者というイメージは大統領が国政に対し強力な権限を持つ大きな根拠ともなった。

ジャクソンにより彼の在任中に政策を実現するために作られた政党はその後「ジャクソニアン・デモクラシー」という彼の民主的な政治思想を引き継いだ人々によって守られ続けた。その政党は現在でも存在し、今日では「民主党」と呼ばれアメリカの2大政党の1つとしての地位を築いている。

 - アンドリュー・ジャクソン ~民主党を作った20ドル札の男~