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平安女流文学が現在のラノベと同じワケがない

      2019/12/07

現在我々が大変価値があると思っているものが、実は作られた当時はそれほど評価を受けていなかったり、また場合によっては無造作に捨てられたりしていたことは珍しいことではありません。

例えば以前も書いたのですが江戸時代の浮世絵は現在では美術館に飾られる大変価値のある貴重なものですが、当時は現在で例えるとアイドルの「ブロマイド写真」の様な扱いを受けていました。

人気の歌舞伎俳優などを題材とした浮世絵の値段はおよそ立ち食いそば一杯と同じ値段(現在の価値で300~400円)ですから浮世絵は高校生がアイドルのポスターを部屋に飾るのと大して変わらないようものでした。

同じように現在では大変ありがたがっていますが、制作された当時は庶民的な風俗や大衆文化として扱われ、決して文化的価値が高いものではなかったということは珍しくないわけです。

現在で言えばサブカル的なマンガやアニメが同じように後世では高い評価が与えられるかもしれません。300年後ぐらいには手塚治虫が「マンガの父」として北斎や雪舟などと同じように扱われているかもしれませんね。

さて我々が学生時代に授業で一生懸命勉強させられる古文は現在では「格調高き平安文学・宮廷文学」などきらびやかに表現されています。作品中にすっと挿入される和歌などはそれこそ雅で風流なものですよね。平安時代の貴族文化の象徴でもあります。

しかしふと冷静になって平安文学を振り返ってみると、平安文学は現在の国語の教科書に載るような高尚なものでなく、現在で例えるならライトノベルつまり「ラノベ」に分類されるようなものであったのではないか?という疑問がふつふつと湧いてきました。

そこで今回はこの平安文学が実際にどんな話が書いてありどのようなポジションであったのかを検証してみたいと思います。

◆更級日記の作者はコミケ通いの腐女子

さてこれからラノベ=ライトノベルについて語りたいと思うのですが「ラノベ」といっても私のウェブサイトを見てくださる方は普段は歴史の本などを読む方が多く、ラノベを知らないという方もいるかもしれないので超々簡単に5秒でラノベの説明をさせて貰います。

JKでエロラノベ作家ですが何か? わかつきひかる (著)

こういった本です。あとは「ライトノベル」でググってくださいませ。

さて、それでは実在の作品を使って検証をしてみたいと思います。古文の中でも高校生が必ず習う作品に「更科日記」があります。更科日記の最初である「東路の道の果てよりも~」という部分を授業でやったという方も多いはずです。

この更級日記は大学受験などでざっくりあらすじを習って覚えている人も多いかと思いますが一言で言えば「シンデレラに憧れたけどなれなかった女性の日記」と解説されることが多いと思います

この主人公の女性(菅原孝標女)は国司である父の赴任先である常陸(茨木県)の田舎に住んでいるのですが「いつか京の都に戻っていま話題になってる源氏物語とかそういう流行りの物語を貪るように読みたい!あ~なんで私はこんな田舎に住んでるのか・・・」と都会を夢見るような女性なんです。

私はこの更科日記を読んだ際に「この作者腐女子やんけ!!」と衝撃を受けたのを憶えています。

だってですよ、これって「私が住んでる田舎町にはイオンの他にお店がな~んもない田舎町。高校卒業したら絶対に上京して秋葉原行ってとらのあなやアニメイトでマンガとか同人誌とか買いまくるんだ!!中野のまんだらげの本店にも是非行ってみたいな」とか「ビックサイトのコミケに行って色々買ったり、もしかしたらコスプレとかやっちゃったりして・・・」みたいな現在の田舎にいる都会を夢見る中高生と全く同じですよね?

(↑の感じで瀬戸内に住む田舎の島の子は大阪に憧れるんですよね。ゴールデンゴールド KC第01巻 講談社 堀尾省太著

そういった現在で言う「中二病」の作者が自分の願望というか妄想『いつか素敵な王子様に出会ってその殿方と私は結婚するんだ~』をそのまま文章にしたのが更級日記なんです。つまり、それって典型的なラノベなわけです。(流石に異世界に転生してチート能力でなんでもアリとかはないですが・・・・)

更科日記は「日記」というタイトルですが、作者が自分の自伝を日記風に書いた回想録であって執筆時には50歳を超えた年齢になっております。

日記の内容も結婚して子供がいるにも関わらず「私の人生はどこをどうして間違ったのかこんなおかしな訳がない!」とシンデレラになれなかった愚痴を延々と書いているんですよね。そういった現在のラノベに相当するものが更科日記なわけです。言い換えれば元腐女子の願望日記なんです。

当時は小説などなく文学的なレベルが低いことを考慮しても決して文学的価値が高い作品とは思えません。それを現在の私達が平安文学とか女流文学といって「歴史の教科書に載るような人だから多分書いてる内容も凄いんなんだろうな」とありがたがっているわけです。(実際、当時書かれた他の作品と比較しても枕草子などは書いてる内容は現代人でも共感できる点が多く素晴らしい作品だと思います。)

現在の価値観で当時の歴史を判断することは歴史を知ってる者として決してやってはいけないことですが、こと平安文学に関しては華やかな宮廷貴族文化のイメージの影響で多少盲目的になってる部分もあるのではないかと思います。

ちなみに日記と言えば他に有名な作品は土佐日記です。「男もすなる日記といふものを~」で始まるこの日記は紀貫之が女性に扮して仮名文字で書くのですが「これって元祖ネカマやん・・・」と思う高校生なんか多いんじゃないのでしょうか・・・・

更級日記は現代語訳であれば30分、長くても1時間で読めるので(文庫本もとても薄いです。日本語訳だけで50ページぐらいしかありません。一見厚く見えますが、殆どが巻末の解説部分なので現代語訳の中身は本当に少ないです)ぜひ機会があれば現代訳だけでも是非読んでみて欲しいのですが、白馬の王子様が来なかった残念な女性の後悔を綴った日記なんですよね。

◆エロゲーの殿堂「源氏物語」

さて、先程は更科日記は作者がラノベ大好きな腐女子ということを書きましが、続いては本命である古典文学の最高峰である源氏物語についてです。

源氏物語はご存知かと思いますが簡単にあらすじを言えば、主人公である光源氏が数多くの女性と浮名を流して位人臣の栄華を極めていく物語です。ですから現在のジャンルで言えば「恋愛小説」に分類される作品です。

この光源氏の恋の相手がとにかく凄いんです。当時は一夫多妻制がOKな時代でありましたが、それでも恋愛相手が多く12人の女性との恋愛遍歴の物語なんです。

しかも単に同じ様な女性と恋愛をするだけではありません。この辺が紫式部先生の巨匠として腕の見せ所です。恋人たちは非常にバラエティに富んでおります。

先程更科日記は「腐女子が書いたラノベ」と評しましたが、こちらの源氏物語はラノベどころかエロゲーの世界です。現在で言えば「空前絶後にヒットした一般人でも知ってるエロゲー」とでも言えるのではないでしょうか。

実際に源氏物語を元ネタにした「源君物語」というマンガがあるのですが、かなりエロいマンガでなんというかとても高尚な文学作品のリメイクとは思えない作品です。


しかもこのマンガ、光源氏の恋愛遍歴を参考にしていて現代で同時進行の14股を目指すというとんでもない内容なんです・・・・


興味がある方はどうぞ → 源君物語

この源氏物語の作中で特にエロゲーだと思ってしまう圧巻のシーンがあります。それは光源氏が六条院という絢爛豪華な屋敷を建てて自分と関係を持った女性達を一同そこに集めて一緒に住んでしまうんですね。しかも東西南北の建物に(正確には東北・南西など)それぞれ春夏秋冬の四季を当てはめてそれぞれ建物を呼んでいるんですね。

例えば梅壺の女御は秋を好み、秋の建物に住んだので後世で「秋好(あきこのむ)中宮」と呼ばれるようになります。ネーミングも凄いですね。

これを読んで「いや~建物に季節を名付けるなんて風流だね~」と思うかもしれませんが「完全にハーレム建設やないか・・・どんなエロゲーもこんなん無理やわ・・・」とドン引きしませんか?当時の恋愛は女性は実家に住んで男性はその女性の家に「通い婚」をするのが一般的ですからなおさらです。

この光源氏大先生(あえて大先生と尊敬を込めて呼ばせていただきます)作中で12股をしただけでなくハーレムまで作ってしまったわけです。これはもう完全にエロゲーの世界です。夢ですよ、夢、ドリームです。

その上、先程も述べましたが、光源氏の恋愛相手もそれぞれがキャラが個性的で際立っております。何が凄いかと言うと毎回違った個性を持ったキャラが描かれるんです。

そこでヒロインたちを恋愛マンガでテンプレとされる特徴で書いてみたいと思います。

1. 葵の上(姉萌え・ツンデレ)
2. 六条御息所(未亡人・ヤンデレ)
3. 夕顔(寝取り・天然)
4. 空蝉(人妻・ワンナイトラブ)
5. 藤壺(義理の母・近親相姦)
6. 朧月夜(自由奔放・子猫ちゃんキャラ)
7. 源典待(熟女)
8. 末摘花(ブサイク・ブス専)
9. 花散里(癒し系・ぽっちゃり)
10. 明石の方(地味系だけど眼鏡外したら実は凄い美人キャラ)
11. 紫の上(正統派ヒロイン・妹・ロリコン)
12. 女三の宮(年下・学園一のお嬢様キャラ)

見てください。恋人も年上、年下、義理の母、未亡人などそれこそエロゲーもびっくりのキャラの豊かさです。1000年以上も昔、まだ小説なども出来ていない時代に紫式部の想像力は半端ないです。当時の他の日記や物語、随筆などと比べても段違いのクオリティーの高さです。

私はエロゲーに関してそれほど詳しくないですが現代においてもこの様な規模のエロゲーなんてあるんでしょうか?紫式部先生は空前絶後の大巨匠だと思います。

また、源氏物語は恋人達もそうですが登場してくる人物や名称も中二病の様なカッコイイ名前が多いです。秋好中宮や朧月夜や空蝉などは実際には女性が定子や彰子、少納言など呼ばれていた時代においてこのニックネームですから恐れ入ります。

ちなみに源氏物語の結末をご存知でしょうか。源氏物語はエロゲーでいう「トゥルーエンド」で終わるかというとそうではありません。実は源氏物語の最後は「バッドエンド」で終わってしまいます。

どうしてそうなるのかと言えば終盤の山場であり最後のヒロインである「女三の宮」を正妻として迎え入れるかというイベントが発生するのですが、ここで光源氏は「正妻とする」「正妻にしない」という選択肢で「正妻にする」を選んでしまいます。

その事によりバッドエンドルートへのフラグがたってしまい、長年源氏の浮き名に耐えてきたメインヒロインである「紫の上」の源氏への愛と信頼は地に落ちてしまいます。

そして紫の上は源氏への愛が徐々に薄くなりながら亡くなってしまいます。(しかも源氏はストーカーではないですが自分から徐々に離れていく紫の上に粘着します。完全にバッドエンドルートです)

源氏の自業自得と言ったらそれまでですが、順風満帆であった人生の最後の最後でメインヒロインである紫の上に見捨てられたことは源氏にとっては人生そのものの否定といった感があったのではないでしょうか。

とまあ、日本が世界に誇る偉大な宮廷文学である源氏物語も現代に置き換えたらエロゲーと大して内容が変わらないという・・・・

いやむしろこういった源氏物語に長い間楽しんできた日本人には知らない間に無意識下に文化的に影響を受けており、それが下地となってエロゲーを作るうえで似たような内容になった・・・源氏物語はエロゲーの始祖にして至高とでも言えるのではないでしょうか・・・・

◆まとめ

いかがであったでしょうか。更科日記と源氏物語という有名古典作品を取り上げて現代では高尚な地位を獲得している平安時代の古典文学が実は執筆された当時は現代で言うサブカル的なポジションではなかったか?というのが今回のお話でした。

これが本当であれば1000年後には「涼宮ハルヒの憂鬱」が古文の教科書に掲載され「宇宙人、未来人、超能力者といった当時の定番キャラがオールスターで勢揃いした記念碑的作品」などと絶賛されているかもしれませんね。

そして、浮世絵の中でも風景画とは別に猥褻な18禁の作品でありながらも美術品としてとりわけ海外で高く評価されている春画と同じ様に、エロゲーも数百年後にはハーレム恋愛ものの王道の元祖として文化史的に一定の評価をされているかもしれませんね(本当か?)

最後に一言だけ断っておきますが、現代のマンガやエロゲーと言えばどんな人達が楽しんでいるかと言えば真っ先に思い浮かぶのがサブカル的な感じの「オタク」の人達が多いです。それとは対象的に平安時代に源氏物語や更級日記などを楽しんだのは当時の皇族や貴族であり現在に例えると文化勲章を受賞するような一流の文化人の方々でありました。

また、当時紙は非常に貴重品であり枕草子の中でも「この草子を書くことになったキッカケは天皇と中宮にそれぞれ紙が献上されたもので中宮は私に~」という記述があります。ですから更級日記にしても普通に日記とかチラシの裏程度の感覚で書いてるわけでなく明確な意図をもって書いていることもおことわりしておきます。

 - 平安女流文学が現在のラノベと同じ様訳がない