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~ヒストリアイ~

産業革命が印象派に与えた影響とは

投稿日:2017-12-17 更新日:

◆技術の進歩や発明が印象派に与えた影響

以前美大に通う友人の学園祭に行った際に「赤富士」をテーマにした美大生の連作を見ました。赤富士と言えば北斎の通称「赤富士」こと凱風快晴が特に有名ですよね。

(葛飾北斎「凱風快晴」通称・赤富士)

壁一面に並ぶ赤富士の絵を見てその場にいた美大の先生に「綺麗な色ですね。富士山を赤く塗る発想がすごいですね」と褒めたところ「江戸時代には赤富士が大いに流行したんです。でも裏話をすると赤富士が好まれた理由の一つに、当時赤い絵の具が安かったからということがあるんですよ。予算的な理由から絵師が赤を好んで使ったんです」と言われたことがあります。

先生から詳しく話を聞くと当時、日本画の絵の具は大変高価な上に希少性も高く入手が難しかったのだそうです。ですから当時の絵師は気兼ねなく使える「赤」を好んで使用したのだそうです。

この様に絵画作品というのは芸術家が意図している他に知らぬ間に外部の影響を受けている場合があります(この場合は絵の具の値段)

そこで今回は「写真」「チューブ入り絵の具」「蒸気機関車」の3つをピックアップして、科学技術の進歩や発明が印象派の誕生に大きく貢献したエピソードを紹介したいと思います。

1.写真の誕生

ヨーロッパでは国王や貴族などの上流階級の人々を描く「肖像画家」という職業が長い間存在しておりました。ヨーロッパでは肖像画はポピュラーなもので、例えば貴族ではなくても音楽家などの有名人であれば大抵は肖像画が残っています。小学校の頃、音楽室の壁に著名な音楽家の肖像画がズラ~と並んでいるのを見た覚えがある人は多いはずです(そして学校の7不思議になります)

(太陽王ルイ14世 典型的な肖像画)

そんな肖像画の世界を劇的に変化させることになった黒船こと「写真」が登場するのは1850年前後のことです。写真を見た当時の人達は相当な衝撃を受けたことでしょうね。芸術としての絵画であれば問題ないですが記録用としての肖像画であれば写真の方がよりリアルで実用的です。

案の定、写真は徐々に肖像画を追い出し始めます。そして肖像画家という職業は20世紀に入ると殆ど見られなくなりそれに代わってフォトスタジオ(写真館)が街中に登場し始めます。日本でも街に一つは七五三などの記念写真を撮影する写真館が必ずあると思います。

この写真の登場は肖像画家のみならず他の画家達にも衝撃を与えました。とりわけ西洋では遠近法の技法が発達しており「透視画法」やダ・ヴィンチが発見した「空気遠近法」など写実的な絵画技術が発達しており、写真の様なリアルな絵画を描くことに長けておりました。

しかし、この写真の登場によって「絵画はリアル差において写真に遠く及ばない」という厳しい現実を突きつけられます。特に肖像画家らは動揺し失業する危険性から写真を制限するデモを行ったぐらいでした。このデモには当時を代表する画家のドミニク・アングルも加わっています。

こういった時代の流れの中で印象派という新しい絵画を追求するグループが現れます。彼らは見た目通り忠実な絵を描くのではなく、写実性を無視して自分が感じた印象をそのままイメージとして描きました。

(印象派の名前の由来となったモネ「印象・日の出」当時は酷評)

その後、印象派は酷評を受け苦しみながらも徐々に社会的な地位を確立していきます。写真の登場以前に既にターナーやマネといった画家が登場して印象派登場の為の下地が出来ていたということもありますが、印象派の運動が世間の人達に受け入れられていったのは写真の登場により絵画に写実性をそこまで求めなくなった影響が大きかったとも言えるかと思います。

この印象派の活動はその後セザンヌに代表される後期印象派の画家らに引き継がれます。そしてピカソらによって更に昇華され写実性を完全に無視する現代アートへの道筋となりました。

2.チューブ式絵の具の登場

現在私達が学校の美術の授業なり絵画教室で絵を描く際に使う道具は「紙」「筆」「絵の具」の3つです。そして絵の具は鉛やポリエチレン製のチューブに密封されています。しかし今では当たり前のこの「チューブ入り絵の具」というのは、実は近年になって発明されたものです。

現代に生きる我々はダ・ヴィンチやレンブラント、そしてルーベンスなどのルネサンス時代の画家も当たり前のようにチューブ式絵の具を使っていたとつい錯覚してしまいそうになりますが、もちろんそうではなく、発明された当時はかなり画期的な発明品でした。

このチューブ式の絵の具が登場するまでは、例えば先程のダ・ヴィンチらのルネサンスの画家達は自らの工房で絵の具を自作しておりました。

まず画家は彼らの弟子達に絵の具の元になる顔料を細かくすり潰させます。そしてそのすり潰した顔料と油をコネて混ぜ合わせてようやく絵の具として完成さます。そうして自分の工房で自作した絵の具を使用していました。結構面倒くさいですよね。

ですからダヴィンチもルーベンスもレンブラントもみな屋内の工房で絵を描いておりました。

(工房内の様子・右にいる弟子の二人が絵の具を調合している)

それでは当時の画家は外に出て絵を描かなかったのか?と言うとそういうわけではありません。例えば海や港を題材にした場合は当然実物を見ないといけないので屋外に出ます。そして実際に実物を見ながらスケッチやデッサンを詳細に描きます。そうやって描いた下絵を工房に持ち帰ってそれを参考にしながらキャンバスに実際に絵を描いて仕上げるのです。

しかし、19世紀半ばそれまでの絵の具の歴史が大きく変わる画期的な事がおきます。1841年にアメリカ人画家のジョン・G・ランドによって現在と変わらない錫製のチューブ絵の具が発明されたのです。これにより画家達は絵の具を手軽に持ち運べるようになり屋外で絵を簡単に描くことが可能になったのです。

(チューブ絵の具の詳しい歴史はこちらのページで詳細に説明されています。現在は鉛でなく環境に留意してアルミニウム製だそうです。)

ここで一つ疑問が浮かびます。それは「外でスケッチしてそれを元に工房で仕上げるのと、屋外で直接絵を書いて仕上げるのとそんなに違いはあるのだろうか?」ということです。

屋外と屋内での大きな違いは光です。実際に外で目に見た光をそのまま描くのとスケッチを元にイメージを再現するのとでは明るさに全然違いがあるそうです。

特に印象派と呼ばれる画家達は外に出て太陽の光の下で絵を描くために光彩がその印象派の特徴になっているほどです。下の絵をみていただくとわかりますが、色彩が物凄い明るいですよね。

(モネ 『イーゼルに向かうブランシュ・オシュデと読書するスザンヌ・オシュデ』 )

そして何より一番大きいのは誰でもどこでも手軽に絵を描けるようになったことですね。工房やアトリエを持って、絵の具を一から作り出すというのは仰々しいものです。

それらが必要なくなり絵画が身近なものになったこと、例えば現在は当たり前のように行われている写生大会なども実は歴史的にはごく最近のことだったりするのです。

(こういった姿はチューブ式絵の具の発明後である近代になってようやく見ることができた)

3.蒸気機関車の登場

蒸気機関車が印象派に影響を与えた?と言われるとピンとこないかもしれません。人によっては「確かに印象派の人は蒸気機関車を題材にした絵を沢山書いてるから題材として影響を与えたよね」と思われるかもしれません。

(モネ『サン・ラザール駅』鉄道を題材にした印象派の絵)

確かに印象派画家はものすごく機関車の絵を描いています。しかし、蒸気機関車が印象派に与えた影響は「題材」ではなく純粋に「移動手段」に関してです。人類は蒸気機関車の登場まで馬を除けば常に徒歩で移動するしかありませんでした。したがって重たい荷物を持てば活動範囲は10km程度の短い範囲に限られます。

もちろん、馬車に乗れば時速10~20km前後で移動できたので相当な距離を移動できます。しかし、当時の印象派の人達は社会的な名声を獲得しておらず、そんなに馬車を乗り回して移動することなど出来ない時代でした。したがってキャンバスや絵の具のセットなどの重い荷物を持って遠距離まで移動することは事実上不可能でした。

そんな中で登場したのが鉄道です。パリとフランスの各都市を結んだ鉄道は人々を安価で速く、そして正確に移動することを可能としました。

(モネ『アルジャントゥイユの鉄道橋』)

例えば風景画を得意とする画家は絵の題材は自分の視界の見える範囲に制限されます。しかし蒸気機関車が登場したことによって週末に蒸気機関車に飛び乗ってパリ郊外まで気軽に移動します。そこで思う存分写生して日帰りで帰ってくることが鉄道の登場によって可能になりました。

印象派の画家らはパリ郊外の数多くの風景を題材として風景画の傑作を残しております。この様に鉄道を使うことによって題材の多様性、絵の多様性が生まれたのです。

4.まとめ

いかがだったでしょうか。印象派の誕生には様々は画家達の不断の努力や試みだけでなく、外部的な影響もあって達成されたというお話でした。

チューブ入り絵の具によって屋外で活動できる様になった画家らは鉄道に飛び乗って自然豊かなパリの郊外に出かけ様々な風景画を描く。太陽の下での写生は明るい色彩の絵が多く、また写真のようなリアルな絵と違い画家自身が感覚的に肌で感じたイメージを先行させた絵を描くようになります。

現在では例えばコンピューターが登場したことによってCGなどのグラフィック・アートが登場したことは技術の進歩が絵画に影響を与えた良い例だと思います。イラストやマンガも現在は「ペンと紙」から「ディスプレイとペンタブ」でパソコンに直接描くデジタルな時代に入っております。

そういった意味で理系分野である「科学」や「技術」という一見するとアートという感覚的な世界から最も遠い位置にあると思われる世界が、実は絵画の世界に強い影響を与えているというなんとも不思議なお話でした。

(おしまい)

【注釈:1】
写真の登場は印象派、さらには絵画の世界に全く影響を与えていない、という意見があるかと思います。しかし、ひと目でも写真を見た画家が(人によって大小違いがあると思いますが)全く影響を受けなかったら、逆にそれは感性といった才能から考えて画家にとって死活的な問題だと思います。

才能ある画家で写真を見て何も影響受けなかった画家って逆にいるのでしょうか。例えば『モネからセザンヌへ 印象派とその時代』という本には

新古典主義の画家ポール・ドラローシュが初めて写真に接したときその正確さに驚嘆し「今日を限りに絵画は死んだ」と呟いた

という記述があります。これほど大げさでなくても似たような印象をもつ画家は当時多かったでしょう。そして意識的にまたは無意識の中で写真とは違う新しい絵画のカタチを模索しようと試みることは容易に想像できるのではないかと思います。

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