真珠湾奇襲攻撃にトピックを見ていると時折「攻撃ついでにハワイを占領できなかったのでしょうか?」と質問しているのを見かけます。まあ大体「無理です」という流れになるのですが・・・・
このハワイ占領の話題になると不可能である理由の根拠として一番よく語られるのが航空機でも戦艦でも空母でもなく実は「輸送船」です。そこで今回は輸送船にテーマを絞って「ハワイを占領するのが不可能な理由」を説明してみたいと思います。
(なおミッドウェー攻略後にハワイを占領できかたどうかについてはこちらに別の投稿があるので参考にしてみて下さい →ハワイ攻略作戦が実現したら実際に占領できたのか)
ハワイ占領の不可能な理由
1941年12月開戦当時、日本には軍民合わせて634万トンの輸送船がありました。そしてハワイを占領するために陸軍1師団を輸送するためには14万トン~25万トンの輸送船が必要だとされていました。資料によって差があるのですが単に師団が移動する場合と敵前上陸をする場合では物資の輸送量が大きく変わるのでここではざっくり1師団20万トンだとします。
開戦時ハワイには米陸軍2個師団が駐留していたのでこれを撃破して占領するためには最低でも倍の陸軍4個師団が必要となります。そうなると必要となる輸送船は4個師団で80万トンになります。これは日本の全輸送船の13%もの量になります。
ちなみにオワフ島は他の太平洋の島々と違い戦争前に正規に要塞化されているので4個師団で占領できるというのはかなり激甘な判定です。
陸海軍は開戦と同時にマレー半島やフィリピンに上陸するために国内の輸送船をフル徴用している状況です。もし真珠湾奇襲の際に上陸作戦をするとなると南方作戦に使用する輸送船が足りなくなります。つまり物理的にどちらか一方しか作戦を行うことができないのです。
そして作戦としてどちらが優先順位が上かといえば南方作戦が優先されます。日本の戦略目標はインドネシアにある油田をなるべく早期に確保するということでした。そして油田占領を含めた南方作戦をよりスムーズに行うため、その付随作戦として米海軍の根拠地であった真珠湾への奇襲作戦が実施されたわけです。
ですから南方作戦を無視してハワイ占領を優先するというのはありえませんし、ハワイ占領と南方作戦を同時に行うのも物理的に不可能です。そもそもハワイ島は四国の半分ぐらいの大きさの島です。ハワイ諸島全部で四国と同じぐらいの面積があります。かなりの大きさです。
戦争末期の物量の鬼であったアメリカですら沖縄とフィリピンに対して同時に上陸作戦をするのは厳しいのに、それよりも規模が大きいハワイ諸島と南方全域の同時占領を行うのは日本の国力的に不可能です。
日本の開戦時の輸送船保有トン数
それでは実際に開戦時の日本の輸送船の状況を見て確認をしてみましょう。
日本の輸送船(単位・万トン)
海軍徴用 | 陸軍徴用 | 民間 | 合計 | |
開戦時 | 174 | 216 | 244 | 634 |
南方作戦終了後(予定) | (180) | (100) | (350) | 630 |
ガダルカナル前 | 177 | 138 | 311 | 627 |
(出典:石油で読み解く「完敗の太平洋戦争」)
これを見ると南方作戦の為に陸軍は民間から既に110万トンほどを臨時徴用しています。そこから更に追加で80トン近くの船を徴用する余力は明らかにありません。また民需用の物資の輸送として民間でも最低300万トンは必要とされておりましたので足りなければ民間から徴用すればいいというのは考えものです。
実際の史実を見てみるともしミッドウェーで大敗しなければ1942年12月にハワイ占領作戦が行われる計画でしたが、その1942年12月に現実ではガダルカナルの攻防戦が行われております。
参謀本部はガ島奪還のため従来の20万トンに加えて17万トンの輸送船を政府に追加で要求するのですがこれに対して政府は「輸送船の徴用の限界を超えている」として要求を拒絶します。
たった追加の17万トンと感じるかもしれませんが17万トンを融通することすら厳しいのが日本の輸送船の現状だったのです。なおこの時要求を拒絶された田中作戦部長は激怒し佐藤軍務局長と参謀本部内で殴り合いをします。さらに返す刀で東條首相に「馬鹿野郎」と暴言を吐く珍事件を引き起こします。
この珍事件の結果田中作戦部長は辞任をするのですが、彼のクビと引き換えに陸軍は37万トンを徴用することに成功します。ただし徴用されたことにより当然のことながら民間の鉄鉱石や石炭の運搬に影響を及ぼすと予想され鉄鋼の生産が年間150万トン減少すると推測されました。これは空母や潜水艦、戦車などの兵器の生産に影響を及ぼしますので深刻な事態です。
ですから民間から徴用するにしても必要最低限の300万トンを割らないように注意する必要がありました。南方作戦で民間が244万トンまで落ち込むのも一時的なものだから承認されたわけで実際ガダルカナル戦の前までには順次徴用が解除され311万トンにまで回復しています。
まとめ
開戦時における日本の輸送船は以上の様な状態でありましたので輸送船だけみても真珠湾奇襲と同時にハワイを占領することは国力の限界を超えて不可能でありました。もしハワイ占領作戦を行いたかったのであれば輸送船の数だけで言えばプラス200万トンの800万トンが必要だったと思います。
なお上陸師団の輸送船だけでなく輸送船を護衛する護衛船団やハワイに在泊している奇襲攻撃で打ち漏らした残存する米太平洋艦隊と戦うための主力戦艦部隊、それら大船団に給油する支援タンカーや補給船などを南方作戦の最中にどうやって融通するのかというもっと頭が痛い話もあったりします。