突然ですがもしあなたがアメリカ人に「何を建てたら誰が来る?(If you build what, who will come?)」という質問をしたらどうなると思いますか?驚くべきことになんと大抵のアメリカ人がこの質問に答えることができます。
というのもアメリカでは『Field of Dreams』(直訳で夢の野球場)という映画の影響で誰もが「野球場を建てたらシューレス・ジョーが来る」ということを知っているからです。
この映画を知っている方なら話は早いのですが、この物語はアイオワ州に住むトウモロコシ農家の主人公がある日どこからともなく突然「それを建てたら彼が来る(If you build it, he will come.)」という声が聞こえたことから始まります。
少年時代にプロ野球選手になることを夢見た主人公の男性はその声に導かれるように突然トウモロコシ畑を潰して野球場を作ろうと試みます。当然ですが周囲から彼は「気が狂った」と言われるようになります。
(実際のトウモロコシ畑の球場。右側に映画用に建設された小さな球場がある *1)
そんなことにもめげず広大なトウモロコシ畑の中に野球場を建設すると1910年代の伝説の名選手であるシューレス・ジョーが復活して彼と彼のチームメイトと共に再び野球の試合をするという感動の映画です。
実はこの「アメリカ人なら誰でもこの質問に答えられる」という話は米国人女性のケイ・ヘリザさんが日本人に向けて書いたエッセイに書かれていた話なのですが、彼女がこの話で日本人に伝えたかったことはアメリカでは「野球」と「夢」が特別な力を持っているということです。
既に亡くなっている往年の名選手が生き返り、アイオワという片田舎のトウモロコシ畑の中の場違いな野球場で試合をするというのは一見すると「非現実」です。そんな非現実的なこともアメリカ人にとって「でもベースボールならひょっとしてありえるかもしれない」と感じさせる力があるということです。
これは言い換えればアメリカにおいて野球が単にスポーツの枠を超えた存在であるとも言えるかと思います。これが他のスポーツ、例えばバスケットであれば物語が果たして成立したかどうか分かりません。なぜならバスケットはどんなに人気があっても単なるスポーツに過ぎないからです。
野球人気の低迷と伝統化
近年アメリカでは野球人気の低下が懸念されております。実際に人気調査によるとプロスポーツの中でもアメフト、バスケットに続き3番目となっております。
ただそういった中でも100年以上前の19世紀に活躍したサイ・ヤング、前述のシューレスジョーや1920年代に活躍した伝説のホームラン王のベーブ・ルース、マリリン・モンローと結婚したジョー・ディマジオら数多のスターを排出しており野球という競技が単なるスポーツの枠を超えた存在、100年以上にも渡り人々の生活に根付いた文化的な側面も持ち合わせているということです。
日本で例えば相撲に近いでしょうか。相撲も昭和の時代までは大人気で「大鵬の取り組みの際には銭湯の女湯がガラ空きになった」と言われたほどでしたが、現在ではそのような往年の人気は見られません。
しかし相撲には江戸時代から続く歴史と共に今でも神事として特別な力があると考えられております。横綱による明治神宮での奉納土俵入りなどはその最たる例です。相撲の人気が低下したからといって相撲の魅力や文化的な価値が決して減ったわけではありません。
また日本の野球もアメリカのベースボールや相撲ほどでないにしても長い歴史があります。甲子園は戦前の大正4年(1915年)旧制中学時代から開催されている伝統的な大会であり、沢村賞の由来である沢村栄治とベーブ・ルースの戦前の日米野球、また戦後のONこと王貞治と長嶋茂雄や読売巨人軍のV9の活躍などはスポーツの枠を超えた国民的な娯楽でした。
長々と話してしまいましたが、ヘリザさんが「ベースボールは特別な存在」と言ったのはスポーツが長い間続けられた結果、単なる「スポーツ」という枠を超えてついには歴史的、文化的な側面を持つに至ったと言いたかったのだと思います。
アメリカン・ドリームという言葉があるようにアメリカにおいて夢という言葉は特別な意味合いをもつ言葉です。同じ様にベースボールという言葉にもアメリカ人にとって言葉に言い表せないとてもパワフルな可能性を秘めた言葉なのです。
参考
American Pie Slice of Life Essays on America and Japan
ケイ ヘザリ (著), Kay Hetherly
フィールド・オブ・ドリームス
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
写真の出典
*1 H. Michael Miley, CC BY-SA 2.0, ウィキメディア・コモンズ経由で
*2日本語: 江戸村のとくぞうEnglish: Tokuzo in Edomura, CC BY-SA 4.0, ウィキメディア・コモンズ経由で