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~ヒストリアイ~

日中戦争に似ているウクライナ侵攻

投稿日:2024-08-24 更新日:

▪️泥沼化したウクライナ情勢

2022年2月24日にロシア軍がウクライナへ侵攻してから丸2年以上が経過しました。当初の計画ではロシアは1週間以内に首都のキーウを占領して戦争はとっくに終結している予定なのでプーチン大統領としては大誤算であったと思います。現在の戦局はウクライナ東部とロシア国境地帯との間で一進一退の膠着状態となっており泥沼化しており開戦から既に2年半を経過しているにも関わらず停戦への道は見えておりません。ある種泥沼化したウクライナ情勢を見て思うのは80年近く前に行われた日中戦争(以下 日華事変*1 )です。

ウクライナ情勢を見てなぜ日華事変を思い浮かべるのかと言うと2つの戦争が非常にソックリであるからです。そこで今回は日華事変を鏡としてウクライナ情勢を見て比較していきたいと思います。

▪️日中戦争のあらまし

まず日華事変に関してです。なるべく簡潔にまとめると1937年7月の盧溝橋事件を発端に日華事変は勃発、半年後の12月に首都の南京を占領します。当初の予定通りに首都を占領したのでこれで戦争が終わるかと思いきや予想に反して蒋介石は武漢に逃れ抵抗を続けます。

翌1938年10月に日本軍は武漢を攻略するも蒋介石はまたしても重慶に逃れそこでも徹底抗戦を続け戦局は泥沼化します。結局日華事変は解決することなく太平洋戦争が始まるまで続けられることになりました。

箇条書きにすると以下のとおりです。

【日華事変】

①半年程度で南京を占領すれば戦闘は終わるとの見通し
②予想に反して中国軍は南京占領後も徹底抵抗を続ける
③米英などが援蒋ルートを通じて中国に物資を援助
④両者解決の糸口が見つからないまま戦局は泥沼化
⑤援蒋ルートを遮断するために日本軍はインドシナ半島に進出
⑥インドシナを占領したことで日米関係は悪化して最終的に太平洋戦争中に突入

という流れになります。これをウクライナ情勢に当てはめると

【ウクライナ情勢】

①キーウを占領すれば1週間程度で戦争は終わる見通し
②予想に反してウクライナ軍は徹底抵抗を続ける
③米英などNATOがウクライナに物資を援助
④両者解決の糸口が見つからないまま戦局は泥沼化
⑤と⑥は未だ発生していない

この様に戦争が泥沼化したことやNATOや日本を含めた国際社会がウクライナに援助をしていることなどが日華事変と一致しております。

ですからウクライナが今後もロシア相手に継続して戦うには援蒋ルートならぬ国際社会からの援助が不可欠です。援助が途絶える=敗北と考えていいかと思います。これはベトナム戦争で南ベトナムに対する援助をアメリカが打ち切った直後にサイゴンが陥落したのと同じ構図かと思います。

ちなみにトランプ氏が大統領に返り咲くとウクライナへの援助が削減される可能性がかなり高いのでその点は注意が必要です(プーチンはトランプが大統領になるための工作を全力ですると思います)

援蒋ルート遮断のために日本がインドシナに進出したようにロシアもウクライナへの援助をなんとかして防ごうとする可能性もあります。日本はその結果米国との全面戦争に陥ったので、ロシアが同じような行動をした際にはNATOとの全面戦争になる可能性があり非常に危険な行為です。

したがって「ロシアだって流石にそんな馬鹿げた行為はしないだろう」と思いたいですがロシアは現在プーチン大統領の独裁政権である以上は大統領個人が現実的ではない選択肢を選ぶ可能性もありえます。

日本は日中戦争中に莫大な戦費と大陸において多くの死傷者を出しかなり国力を消費した状態で太平洋戦争に突入しましたが、ロシアも予想外の苦戦でここ10年以内に調達した戦車などの最新の装備を相当数失ったと言われております。特にウクライナのドローンによる攻撃に相当悩まされているようで現在のロシアの国力を考えると軍を再建するためには10年単位での時間が必要だと考えられます。

日華事変の教訓をみれば現在④の段階に来ているので

  1. ウクライナが敗北しないように継続した援助を続けること
  2. 戦局打開のためロシア側が暴発して他国を攻撃しないように行動すること

の2点が現状での日中戦争から導かれる教訓になるかと思います。欧米ではウクライナへの支援疲れの動きがありますので支援がなくなったらどうなるかをよく吟味する必要があるかと思います。

また⑤に関してはロシアを過剰に刺激しないようにすることですね。石油の全面禁輸をすることで日本は対米戦を決意したように、必要以上に締め上げることはロシアに閉塞感をもたらして暴発の可能性を高める行為だと思います。

▪️ロシアの現状とは

以上ウクライナ情勢を日華事変と比較してみましたが、現在の戦況をメディアで見る限り日本人の多くはロシア国内の世論を以下のような想像をしているのではないでしょうか

  • 予想外の苦戦にプーチン個人のカリスマ性が低下して政権の指導力に陰りがみられる
  • 庶民は生活が厳しくなり口には出さないが戦争への不満が高まっている
  • 戦争の終結が不透明で人々の間では厭戦気分が漂っている
  • 若者は強制的に従軍させられる恐怖に駆られている。徴兵逃れも横行

だいたいこんな感じのニュアンスを報道でもよくコメンテーターが発言しているのを聞きます。ただこういった意見とは逆にロシア国内の現状に関してカーネギー国際平和財団シニアフェローのタチアナ・スタノバヤは欧米各国に対して以下の警告を与えています。

  • ロシア国民のプーチンへの結束と一体化が戦争前より強まっている。
  • 2年以上続く戦争によって保守・リベラル関係なく国内のあらゆるエリート層が反米・反欧州感情を強めている
  • モスクワの関係者へのオフレコによるとロシアは戦争の出口戦略を求めておらず停戦のためにウクライナに妥協する気は一切ない(泥沼化を解決する気なし)
  • 戦争によりロシアの視野が狭義的に陥ってるため欧州との対話の余地がかなり狭くなっている
  • NATOなど欧州軍が参加した場合ロシアの士気は逆に高まる。ロシア軍的にはウクライナ軍相手よりNATO軍との戦闘の方が遥かにモチベーションが上がる。従ってNATOの介入はプーチンからしたらむしろ望むところ。(日本も対米開戦をしたら日華事変の泥沼の閉塞感がなくなり盛り上がったのと同じ)
  • もしNATOが参戦して死傷者がでればNATOが政治的、社会的に分断して割れる。これこそプーチンの狙い。ロシアは多少の死者では動揺しない。
  • ロシアはいざとなったら戦術核の使用を躊躇わないが、ロシアのこの考えをヨーロッパは理解できずにいる。欧州が思っているより遥かにロシアの核兵器使用に対する敷居は低いということを欧州はもっと理解すべき。

以上になります。報道とは全く逆なので驚かれるかと思います。日華事変の比較と大きく違った結果になったので私自身もちょっと戸惑っていますね。「ロシアもNATOとの戦争に発展するのは恐れてるはずだ」→「NATO軍との戦争?ウクライナ軍相手よりモチベーション上がるぜ!」ですからね(困惑)

これらの主張に関して実際に政府系ではなく独立系メディアのレヴァタ・センターの調査によると2022年以降のプーチンへの支持率は80%を超えています。ですからプーチンの指導体制は開戦前に比べてむしろ強化されています。

その理由として考えられるのは戦争中であっても庶民の生活に影響を与えないようにプーチン政権が軍事動員に関して配慮していることです。例えば経済制裁されておりコカ・コーラやマクドナルドがロシアから消えましたが、疑似コーラの様な炭酸水が登場し、似たようなハンバーガーショップが営業したりと、戦争の影響で庶民の生活が以前と比べて大幅に困ることがないようです。

また動員もモスクワなどの都市部を避けて周辺地域で集中的に動員しており、給料も大卒初任給の4倍程度(日本で言えば月給80万円前後)にしているので仕事がない田舎の地域であれば高給に意外と募集に応じる若者も多くそういった意味で戦時動員による不満も西側諸国が想像しているより高くないそうです。というか給料みてもプーチン大統領が予想以上に市民に対して配慮していることが分かります。

そうであれば苦戦しているとはいえウクライナの一部を占領して領土が拡大しているのであれば支持率が高くなっても不思議ではないです。逆を言えば戦時動員が極めて低いことがロシアがウクライナで決定的な勝利を得られない原因なのかもしれません。また開戦から2年が経過してウクライナの反転攻勢がロシア軍を押し返すほどに成功していないのもロシア軍が現状でも規律を維持できている証拠でもあると言えます。

その他論文を参考にするとロシア国内では半導体などが不足はしてきているが通常の生活は戦争前とほどんど変化がないとのことです。

最後の方の戦術核の使用を躊躇わないことやNATO軍が出てきた方がロシア軍的には士気が高まるというのは意外というかロシア人は価値観の根本的な部分が他の欧米人とやっぱり違っていると思いますね。

先天的なのかロシアという厳しい気候と風土の影響による後天的なものなのか、戦術核の使用を躊躇わないことも含めてアメリカ的な民主主義が簡単に根付かない国、独裁政権が容認される国と国民性だと思います。

▪️他国の視点から見ると

アメリカ合衆国

この戦争を米国の視点から見れば米国人の血を1滴も流すことなく武器や資金を援助するだけでロシア軍を現在進行形で弱体化させ続けています。

ベトナム戦争末期のように国民が援助の打ち切りを強硬に望むような状態でなければ、開戦直後にオースティン国務長官が「ロシアがウクライナ侵略で行ったようなことができなくなる程度まで弱体化するのが望ましいとアメリカとしては考えている」と述べたように、米国としてはなるべく援助を続けようと思っているのではないでしょうか。

このままロシアとウクライナ以外に戦線が飛び火せずに終結した場合、疲弊し尽くしたロシアの軍事力も含めた国際社会での圧倒的な影響力の低下は免れません。東欧諸国やNATOからしたら一時的になりますが核兵器以外は怖くない国というイメージに変化するかもしれません

アメリカの軍事関係者の論文を読むと「武器弾薬の優先順位は国内を最優先するのが基本ルールだがウクライナ情勢の間はウクライナや周辺の東欧諸国に優先的に援助や売却すべき。それが結果的にアメリカの国益にもなる」と緊急提言しているので戦争の長期化に伴って武器弾薬の在庫が減りとウクライナへの支援が追いついていない状況なのかもしれません。

中国

中国の視点で見たら歴史的にソ連の下に置かれていた中露関係はパワーバランスの変化によりより一層中国が主導権を握れる関係へと変わっていくかと思います。経済制裁をされている中で中国はインドを含めて数少ないロシアの貿易相手でもあるので中露関係はより中国有利の関係になっていくでしょう。(注:インドはロシアが経済制裁されているのを利用して安価で原油を輸入することに成功しています)

ただ北朝鮮をみても分かるように中国に完全に依存している北朝鮮ですら中国が北朝鮮の国内に影響力を行使できることは限定的ですので中国がロシアに対して何かしら影響力を行使できるかどうかはまた別だと思います。

中国にとってロシアはアメリカ陣営に対抗する数少ないパートナーの一人ですので慎重な対応が求められます。

日本

日本はロシアとの間に北方領土を含めた領土問題を抱えているので、ウクライナ紛争を対岸の火事とみなさずにロシアが弱い立場になった際に日本は今後何ができるのかを考えて常に動いていかなければならないかと思います。

例えばこれは非現実的な話ですが、ウクライナ情勢の最中に日本が北方領土を武力行使して奪取してもロシア側が対応することは殆ど不可能だと思います。一度でも北方領土を取り返してしまえば日本は日米同盟を結んでいるので、ロシアが武力で取り戻そうと考えても米国との全面戦争を懸念して二の足を踏むことは十分考えられます。

それ以前にロシア側にそもそも連続して戦争をする国力がないのでやる気があっても戦争ができない可能性も高いです。(更にロシアで政権交代などがあればロシアが北方領土を認める代わりに日本側に大規模な援助を求める平和条約が締結される可能性もありえます。端的に言えば実効支配を認めることをお金で買うことになります。)

まあ非現実的な話を書きましたが、そういったことを計算にいれて国際社会を立ち回るぐらいのことが必要であると思います。ウクライナ情勢を「ヨーロッパは大変だな~」と対岸の火事だとたた眺めているだけのか、それともロシアの国力が疲弊した今がチャンスと機を逃さずに何か行動をするだけでもその後の両国の関係が大きく変わってくるのではないでしょうか。

(2024/08/23)

(*1) 当時の日本は日中戦争を戦争ではなく事変としたので正確には支那事変です。もし中国が「支那」というワードの使用禁止を求めるなら「日中事変」または「日華事変」となります。これは支那事変が「戦争」になると国際法的に第三国である中立国のアメリカから石油が輸入できなくなるため政府はあえて「事変」という言葉を方便として選んだという理由があります。当時の国際情勢の背景を正確に理解するために実際には戦争であっても事変という言葉を使う必要があります)

【参考文献】
*国際問題 No.717 (2024年2月)
FOREIGN AFFAIRS REPORT 2024 No.7
プーチンと一体化したロシア社会
カーネギー国際平和財団シニアフェローのタチアナ・スタノバヤ

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