新たに獲得した領土をどうしよう
アメリカがイギリスから独立した際に、13植民地以外にどの植民地にも属していないアメリカ大陸のイギリス直轄領を割譲することに成功しました。ちょうど旧13植民地の西側のアパラチア山脈に続くエリアです。
そのため、この新領土をどのように扱うかが植民地間で大きな問題となりました。(ちなみにアメリカの北側にある英国領はそのまま英国領を維持し続けその後カナダになります。)
まず、新領土が自分の領土と接している州はその土地を自分の領土に組み入れようと必死になりました。それは当然ですね。自分達の州の領土が増える可能性があるわけですから。例えばヴァージニア州は自領の西側の広大な土地を自分たちに寄越せと強硬に主張しました。
しかし、最終的に連邦政府は一つの決断を下すことになります。それは新しい領土は「既存の州に与える」のではなく「新たに州を設立する」という決断でした。
その際に決められたルールが1787年の『北西部条例』(Northwest Ordinance)です。これは新しく獲得した領土を「既存の州」に組み入れるのでなく、一定の基準で「新州」の設置を認めた画期的な法律です。この条例によってまず最初にオハイオ州が設立されました。
新州設立の具体的な条件
それでは実際に開拓地が新たな州になるまでの条件を説明してみたいと思います。
まず、開拓地がいきなり州になれるのではなく、まず準州(territory)と呼ばれる状態を経なければなりません。
無人の荒野に開拓民が移住してその土地の人口が少しづつ増えていきます。そしてその地域の有権者である成人男子が5000人に達すると準州として認めらました。準州になると何が今までと違うかというと、自分達の議会を設置する自治権を持つことができました。
ただし、行政のトップである「準州知事」は住民の選挙で選ばれるのでなく政府が直接任命する形式でありました。
そして準州が発展し人口がいよいよ6万人を突破すると州として昇格する条件を満たすことになります。ここで連邦議会に昇格の申請をして議会の承認を認められれば新しい州として誕生することになります。つまり、準州の人口が6万となれば新州として認められるのです。
州として認められれば、州知事も自分達の選挙で選出することができるようになりますし、連邦政府に対しても上院議員を2名、下院議員を人口比によって選出することができます。これは中央である連邦の政治に関与できるようになることを意味します。
ちなみに北西部条例によって設立された最初の州は1803年のオハイオ州であり、そして1959年のハワイ州が50番目の最後の州となっています。
カリフォルニア州のように人口200人程の小さな町であったサンフランシスコが1948年のゴールドラッシュで急激に人口が膨張し、わずか2年後の1950年にカリフォルニア州に昇格するようなケースもありました。
我々はアメリカといえば50州という風なイメージを持って結果論から州の変遷を見てしまいがちですが、こういったルールに沿って開拓地に新州が続々と作られたわけです。わずか6万人で州に昇格できたなんて意外に少ないと思ったことではないでしょうか。