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水泳・背泳ぎ 鈴木大地のバサロ禁止 (スポーツと日本人差別 その②)

投稿日:2024-08-06 更新日:

スポーツと日本人差別

「日本人がスポーツで国際的な活躍をするとルール改正されるのか?」ということを検証する全5回の企画です。それぞれ独立しているので個別に読んでも問題ないですが全体に関する導入と結論をその①とその⑤に書いておりますので参考にしてみてください。

鈴木大地の金メダルとバサロ泳法の禁止

今回取り上げるのは「鈴木大地選手のバサロ禁止」についてです。鈴木大地さんといえば初代スポーツ庁の長官に就任するなど現在でも目立った活躍をされていますが、その活躍も全てこのオリンピック金メダリストという実績に支えられています。

まずバサロ泳法をご存じない方にバサロについて簡単に説明すると潜水のことです。背泳ぎは他の泳ぎと違い唯一天井に向かって仰向けで泳ぎますがバサロとはスタート後に飛び込んだままで浮上することなく潜水して泳ぐことです。(参考リンク →当時の映像でバサロが確認できます)

鈴木選手はこのバサロをうまく活用してソウル五輪の100m背泳ぎで見事金メダルを獲得しました。問題となるのはここからです。なんとソウル五輪後に突然国際ルールの変更が行われたのです。これまで何も問題がなかったバサロの潜水距離が「スタート後10mまで」と制限されたことです。(現在は15mまでOKに変更されています)

鈴木選手の代名詞ともいえるバサロが制限されたことは必然的にバサロでタイムを稼いでいた鈴木選手がメダル争いから脱落するだけでなく水泳選手としてのキャリアが終了することを意味します。ですから当時多くの人が「鈴木選手を狙い撃ちにしたルール改正だ!」と思ったそうです。(ちなみに本当かどうか身近にいる50歳以上の複数の方に聞いてみたらみな口を揃えてそう証言しました)

当時の多くの日本人が「肉体的にハンデのある日本人がルール内で欧米人に対抗する手段として一生懸命バサロの技術を磨いてきたのに日本人が活躍したらルール変更するなんてずるい!」と思ったということです。以上が簡単な当時のあらましとなります。

ルール変更は妥当かどうか

このルール変更に関して私自身が当時の五輪の映像(上記のリンク)をみて思ったのは鈴木選手には申し訳ないですが「いや、これは規制されても仕方がないな」ということです。映像をみればすぐに分かると思いますが100mのうち最初の30mを潜水で泳いだら「それ背泳ぎじゃなく潜水でしょ」と率直に思いました。自由形なら何をしても自由なので潜水で泳いでもいいと思いますが種目が「背泳ぎ」ですから基本背泳ぎで泳ぐべきです。

実際にソウル五輪の決勝でバサロをした選手は鈴木選手を含めて3名いますが、その中で一番長い30m近いバサロをした鈴木選手とバーコフの二人が金・銀のメダルを獲得しています。つまりバサロで稼いだ序盤のリードを活かしてそのまま逃げ切った形になります。それを踏まえるとメダルが取れるかどうかは「背泳ぎの速さ」ではなく「バサロをどれだけ潜っていられたか」で決まるという話になりますよね。

私個人の感想は別に置いておいても、そもそもバサロが禁止になった最大の理由は危険だからです。前述の通り背泳ぎで泳ぐよりバサロが有利な状況であれば有力選手はメダル獲得のためにできる限りバサロの状態で長く泳げるように練習をします。

そしてバサロは息継ぎをしない潜水なので頑張れば頑張るほど酸欠で意識を失いブラックアウトになる可能性が高くなります。そういった危険性を考慮してバサロは禁止になりました。

もしあのままバサロに制限がなければトップ選手のみならずその下の年代である高校生や中学生も大会で優勝するために長距離のバサロを泳ぎに取り入れることになります。そうなると練習中の事故にも繋がる可能性があり非常に危険です。また勝敗を分ける基準が背泳ぎの速さではなくバサロの潜水距離になるとそもそも競技としても疑問符が付きます。

以上の事情を踏まえて考えてみるとバサロを禁止することがそこまで問題であるとは思えず、ある意味自然な規制であるかと思えます。

そもそも狙われたのは鈴木選手なのか

日本では鈴木選手が「バサロ禁止の最大の被害者」みたいに思うかもしれませんが、客観的に見ればバサロ禁止の最大の被害者は鈴木選手ではなく米国代表のバーコフ選手です。むしろ鈴木選手は彼の巻き添えにされた感すらあります。

というのも鈴木選手が金メダルを獲得できた理由の一つに決勝でのバーコフ選手の不調が挙げられます。バーコフ選手はソウル五輪の際に予選で世界新記録を叩き出しており優勝候補の大本命でした。決勝ではタイムを落として鈴木選手に敗れましたが、彼がいつも通りの実力を発揮して泳いでいれば間違いなく金メダリストでした。

鈴木選手が唯一のバサロ使いで五輪前から国際大会で負けなしの無双していたのであれば長距離バサロの禁止は鈴木選手を狙い撃ちにした ルール変更と思わざるをえないです。しかし実際五輪で金メダルを獲得できたのは鈴木選手の努力が実を結んだこともありますが、バーコフが本来の力を出せなかったという幸運に恵まれた部分もあるわけです。もし鈴木選手を狙い撃ちにしてバサロを規制したならば彼以上にバサロで長距離を泳ぎ、かつ世界記録を保持していたバーコフが巻き添えになってしまいます。

少なくともバーコフの母国のアメリカはバーコフが不利になるルール変更には反対するでしょう。それに加えて予選を2位で通過して銅メダルを獲得、更に200mで金メダルを獲得した同じくバサロ使いのソ連のポリャンスキー選手も巻き添えをくらいます。鈴木選手を蹴落とすためにバサロを使用禁止にしたら彼より実績のある米ソ両大国の2選手も影響を受けるのでそちらの方がよっぽど深刻だと思います。

こうした背景を踏まえてみるとルール変更は特定の個人を狙ったものでなく金銀銅のメダルを獲得した3選手がすべて30m近い長距離のバサロを駆使してメダルを獲得したことによる「バサロ泳法」の規制であり、その結果バサロの使い手であった鈴木選手がその煽りを受けたと考えるのが自然ではないかと思います。

おそらく当時「これは日本人差別だ!」と叫んでいた人達は

①当時の鈴木選手を含めたトップ選手達の勢力図
②他のトップ選手のバサロ使用の実態
③ルールが変更されたら実際にどの選手が影響を受けるのか

これらの事実を知らずにマスコミからの制限された情報だけで判断していたのだと思います。

個人的に思うのは、仮にもし決勝でバーコフが世界新記録を出して金メダルを獲得したとしてもおそらくバサロは五輪後に禁止されていたと思います。(一部界隈では五輪前から既に五輪後にはバサロは規制されるだろうと言われていたということです)そして金メダルを獲得したアメリカはバサロ禁止のルール変更を受けて「これはバーコフを狙い撃ちにしたルール変更だ」と果たして騒いだのだろうかということです。

狙い撃ちにされたもう一人の日本人選手

最後にもう一つ、潜水の規制について付け加えておきます。それはバタフライの青山綾里選手の話です。実は鈴木選手よりも露骨に狙われたと言えるのは青山選手です。

彼女は中学生時代に100mバタフライで日本新記録を出しアトランタオリンピックに日本人の最年少選手として出場しました。彼女の最大の武器はスタート後のドルフィンキックでなんと飛び込み後に30m近く潜水するという驚異的な潜水泳法です。彼女はこの泳法を武器にして世界選手権で銀メダルを獲得します。

特筆すべきは前半部分でターンまでの50mは世界新記録ペースという圧倒的な速度を発揮します。しかし彼女が世界選手権で銀メダルを獲得したのちにバタフライと自由形の潜水のルールが変更されます。それは従来無制限だったスタート後の潜水距離がなんとスタート後15m以内に制限されことです。

このルール改正により自慢のドルフィンキックでリードを奪えなくなった青山選手はタイムが伸び悩むようになります。そしてその後の国際大会で大きな活躍できずに引退することになります。

彼女が狙い撃ちされた話は鈴木大地選手ほど有名ではありません。しかし「狙い撃ち」であるならば鈴木選手以上に露骨に規制されたのではないかと思います。この彼女の規制に関しても個人的には

①100mで30mも潜水するのは果たしてバタフライという種目なのか
②彼女を真似した選手が今後登場して過度な潜水競争になるのを未然に防ぐ

という意図あったのではないかと思います。

それとバタフライと全然関係ない自由形も潜水距離が15mまでに規制されました。自由形なのに泳法が制限されたら全然自由ではない・・・と思う方がいるかもしれませんが、これも「将来潜水を使って驚異的なタイムを出す自由形の選手が出てくるかもしれない。そうなったら自由形も潜水競争になる可能性が出てくる。自由形(free style)は文字通り泳法は「自由」だから本来「犬かき」なり「背泳ぎ」なり「潜水」で泳ぐのもルール的には問題がない。ただし潜水競争を引き起こすと安全面において危険だから今のうちに未然に禁止にしておく」といった流れではないのかと考えられます。

特に問題がなかった自由形でも潜水距離の規制が入ったことから明らかに「安全性」を懸念してのルール改正であったと思います。これで水泳の4種目全部で潜水が制限されたわけです。

ちなみに余談ですが背泳ぎの前に平泳ぎの潜水がすでに規制されていますがこちらも1956年のメルボルン五輪で日本人の古川勝選手が「潜水泳法」で金メダルを獲得したのが引き金となっているようです。つまり現在水泳では4種目全てで潜水が規制されているのですが、そのうち2種目(平・バ)において日本人選手が直接的な影響を及ぼしているということです。

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